【12ページ】 ##1 難病を取り巻く社会の変化 ~前回白書からの4年間~   『難病者の社会参加白書』の発行(2021年9月)から4年、難病者を取り巻く社会の変化はどう変わって来たでしょうか。コロナ禍や人口減少の影響もあり、在宅勤務、短時間就労、ダブルワーク等、働く形態も多様化してきました。そのような多様化した働き方のできる社会が難病者にとって、福となるかどうかは、一概に判断できませんが、少なくとも週40時間労働や長時間勤務、生涯一つの企業に勤めあげるという時代よりも、難病者をはじめ、子育てや介護など何かしらの事情がある人にとっては、工夫のし甲斐のある時代と言えるのではないでしょうか。 難病者の就労面を中心に、国、自治体、私たちの研究会の取り組みについて、今後の活動に活かしていこうと、この4年間を振り返り、まとめました。 まずはその前に、これまでの難病対策をスタート時から振り返ってみました。国の取り組みは1960年代にスタートしています。   ###【国の取組】難病対策 スタートと法律制定   法律制定までを簡単に記載します。 ・1960年代、スモンの発生が社会問題となったことを背景に、原因究明や治療法確立に向けた研究事業が始まった。1972年には「難病対策要綱」が制定され、難病は①希少性、②原因不明、③治療方法未確立、④生活面への長期の支障の4要素を満たす疾患とし、スモン、ベーチェット病、重症筋無力症、全身性エリテマトーデス、サルコイドーシス、再生不良性貧血、多発性硬化症、難治性肝炎 8疾患を難病とし、そのうちの4疾患(下線のある疾患)は特定疾患治療研究事業として、医療費を助成する制度が開始された。 ・指定難病者数の増加に伴い、事業費は膨らみ、自治体財政の負担が増え、事業そのものの執行が不安定になることもあった。そのような状況を踏まえ、2016年5月に「難病の患者に対する医療等に関する法律」が成立、翌年1月に施行となった。 法律の成立により、医療や福祉面での難病対策の骨格はできましたが、国も自治体も診断技術や治療薬の開発、医療費助成等、医療や福祉面への施策が主流で、就労面についての取り組みは不十分なものでした。   ###難病者の社会参加を考える研究会発足 そこで私たちは、難病者が孤立せず、社会参加をしながら生きていくには、就労できる環境としくみづくりが必要と、2018年、難病者の社会参加を考える研究会を発足し、議論を重ねてきました。 調査活動そして白書刊行、マニフェスト大賞優秀賞受賞 障害者の就労問題はさまざまな分野で取り上げられて来ましたが、難病者の就労に焦点を絞ってまとめた白書は、私たちの目に触れるところにはありませんでした。それなら私たちの手で!と挑戦し、勢いで作成したのが『難病者の社会参加白書』です( https://ryoiku.org/studygroup/#hakusho25 )。 まず、難病者の就労課題を明らかにするために、難病者、自治体や企業への調査を行いました。その時に職員を難病者から採用するという取り組みを始めていた自治体があることも知ることが出来ました。〔編集部注:兵庫県明石市職員への難病者採用 2015年(平成27年)には明石市で障害者手帳に関係なく、難病者にも門戸を広げ①正規職員と②任期付短時間勤務職員の二本立てで、募集を開始。自治体では初めての画期的な試みだったが、条件に見合った応募者が少なく、①の正規職員としての採用は実現しなかったが、現在、短時間勤務の職員が採用されている。〕 白書には、調査結果の分析や研究会としての就労に関する提言、難病当事者のエピソード等を掲載し、2021年9月刊行しました。地方自治体をはじめ、関係機関等各方面2,300箇所に送付し、新聞テレビをはじめ、多くの分野で取り上げていただきました。 2022年10月には、その功績が認められ、毎日新聞社主催のマニュフェスト大賞優秀賞を受賞しました。   医療の進歩により、症状の緩和が進んだ難病者からは、就労への施策を求める声が強くなってきました。医療福祉制度のそれなりの整備やコロナ禍による在宅勤務の広がり等により、難病者の働きやすい就労環境も少しずつですが、見えてきました。 医療的な障害を持って生まれてきた病児たちも同様、成人期を迎え、就労可能な環境と施策を求める声が強く聞かれるようになりました。   ###【難病団体の動き】国会請願や発信 患者団体を代表する日本難病・疾病団体協議会は、毎年、難病者を障害者雇用率の対象とすることを国会請願の項目に入れ、署名活動を行い、採択されてきました。(*請願項目:障害者雇用率の対象とすること等による就労の拡大や就労支援の充実を) 社会保障審議会障害者部会でも、難病団体推薦の委員から障害者雇用枠の見直しを求める発言や意見書提出が行われました。例年行われている国への要望書にも、難病者を障害者雇用率の対象とするよう明記され、継続されています。 厚労省雇用対策課の今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会への要請やその研究会のヒヤリング時にも難病団体から、再三、同様の発言がされています。 ###【研究会の活動】大臣への働きかけ 研究会としても厚労大臣への要望書の提出を行うとともに、2021年、内閣府主催第7回孤独・孤立に関するフォーラム テーマ「様々な課題への対応」に研究会メンバーが登壇し、発言の機会を得ました。 フォーラム主催所管の大臣であった小倉將信孤独・孤立対策担当大臣へは、後日懇談の機会を得、要望書を手渡し、難病者にとって就労は、生きるうえで大切であり、その環境を求めていることを、直接伝えることができました(本白書資料編参照)。 さらに要望書は、厚労省担当部署、内閣官房、国会議員にも送っております。   ###【国の動き】障害者 総合支援法の見直し このような患者団体や私たちの研究会の活動も少なからずの効果を上げ、2022年11月衆議院、12月参議院にて、障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律等の一部を改正する法律(障害者総合支援法)の見直しが行われ、多くの付帯決議がされました(以下・就労関連の決議文)。 ・難病患者など障害者手帳は取得できないが障害によって働きづらさを抱える者への就労支援のために必要となる就労能力の判定の在り方について検討し、必要な施策を講ずること。(衆参同文) ・難病患者等が治療によって、就労・就学において不利益な扱いを受けることがないよう、〈ここから参議院加筆文:また、オンライン等の手段を活用し学習を継続できるよう〉環境の整備に万全を期すこと。就労については、病気休暇等の普及促進、難病患者の障害者雇用率制度における取扱いの検討及び事業主への正しい理解の啓発に取り組むとともに、働きやすい環境整備に取り組むこと。 ・難病に苦しむ者の就労状況の実態把握に努め、治療を躊躇することなく、就労できる環境を創出するための、関係制度の検討及び他領域にまたがる政策の連携を通じた、支援策の充実に努めること(衆参同文) ###週10時間以上20時間未満も障害者の実雇用率の対象に 2024年4月からは、雇用義務の対象外である週所定労働時間10時間以上20時間未満の重度身体障害者、重度知的障害者及び精神障害者に対し、就労機会の拡大のため、実雇用率に算定できるようになりました。 障害者手帳の無い難病者は非対象ですが、短時間就労で働く人の増加はフレキシブルな働き方を求める難病者にとっては、働きやすい環境が増え、朗報と言えます。 ###【研究会の活動】地方議員との協働 一方、国や地方行政への要望や働きかけをしていく中で、2021年、研究会メンバーの地方議員が難病者の状況や課題について質問しました。その質問を契機に、医療福祉に限定されていた難病の議会質問から、就労面で可能な取り組みに踏み込もうと、研究会メンバーのつながりで地方議員に情報交換を考えました。有志の地方議員数名を中心に2023年8月、地方議会から難病者の就労環境づくりを求めようと地方議員との勉強会を開始することができました。議員勉強会を核にして、以下の取り組みが実施されました。(詳細は本白書第Ⅳ章参照)   ・ 第7期2024~2026年(令和6~8年)の福祉サービス量の計画を記載する地方自治体の障害福祉計画に難病者の記載を求める議会質問が勉強会に参加した議員を中心に行われた。 ・2024年(令和6年)6月、荒川区議会では国への意見書議決 「難病患者の社会参加及び就労機会の拡充を求める意見書」を全議員一致で可決し、衆議院議長、参議院議長、内閣総理大臣、厚生労働大臣に提出した。 意見書内容  1. 国家公務員の障害者採用の応募資格に、指定難病患者を加えること。 2. 障害者手帳を所有していない難病患者について、独自の雇用制度を設けるなど、難病患者の就労機会の拡充に取り組むこと。 ・山梨県で障害者枠とは別枠で難病者を正規の県職員として採用 2023年(令和5年)10月、山梨県議会での議員の質問に対し、難病者の採用を検討する旨の知事答弁があった。翌年2月には障害者とは別枠で難病者の募集を発表、7月試験で11月、3名の難病者が合格。2025年4月から、山梨県職員として働いている。 ・東京都港区で、難病患者就労体験職員採用を開始 対象は18歳以上の指定難病の診断を受けているもので、身分は会計年度任用職員。 特徴的なのは、 1 勤務時間は、午前9時30分~午後4時30分までの1時間から6時間まで  2 勤務日数は、週1日から5日のうち実習生の希望に応じて決定する というもの。 以上のような難病者の就労対策をめぐる自治体の動きや患者団体の活動、総合支援法や障害者雇用促進法等の法改正も踏まえ、国は障害者雇用促進制度の検討を開始しました。 ###【国の動き】今後の障害者雇用促進制度の在り方に関する研究会にて議論開始 国は、2024年12月に、今後の障害者雇用の質の向上と障害者雇用率制度の在り方を検討事項とする研究会を立ち上げ、難病者の雇用率を含む雇用制度についても検討を開始しています。 手帳を所持していない難病患者や精神・発達障害者の位置づけについても検討内容とされています。しかしながら難病当事者団体はヒヤリングの対象にはなりましたが、検討会メンバーには入っていません。         現在、障害者団体からのヒヤリングを終え、令和7年中に検討結果の報告がされると予定されておりますので、今度こそと言う思いを持って、注視していく必要があります。 【5月8日検討会資料として掲載されている、難病に関連しそうな意見を抜粋】 ・症状から仕事に影響を与えていることもあり、雇用率制度の対象を検討したい。 ・就労困難性があるのであれば、障害者雇用率制度の対象とすべきだが、評価方法や基準は、別途検討会を設けて検討すべき。 ・地方自治体において、手帳を所持していない難病患者の方を積極的に採用する動きもあり、事例の蓄積が必要。 難病者は障害者雇用促進法にいう対象障害者になっているものの、以下の条文で障害者雇用率の対象ではないことが明記されており、ここが争点になっているものと思われます。 障害者雇用促進法 第三章 対象障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等 第一節 対象障害者の雇用義務等 (対象障害者の雇用に関する事業主の責務) 第三十七条 全て事業主は、対象障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、適当な雇用の場を与える共同の責務を有するものであつて、進んで対象障害者の雇入れに努めなければならない。 2 この章、第八十六条第二号及び附則第三条から第六条までにおいて「対象障害者」とは、身体障害者、知的障害者又は精神障害者(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和二十五年法律第百二十三号)第四十五条第二項の規定により精神障害者保健福祉手帳の交付を受けているものに限る。第四節及び第七十九条第一項を除き、以下同じ。)をいう。 ###おわりに 2021年の白書発行以来、難病者の就労をめぐる国や自治体の施策、患者団体や私たちの会の活動、関連する法律の制定等を振り返ってみました。 日本社会は今後も労働力人口は増えず、おそらく少子高齢社会が続いていくことを考えると、労働力不足の売り手市場の時にこそ、働き方の改革できるチャンスと言えます。臆せず、難病者の働きやすい環境を求めることは、誰もが働きやすい就労環境を作ることであり、尊厳と思いやりのある、支えあえる共生社会の実現に近づくものと確信し、未来図を描いていきましょう。