【17ページ】 ##2 私たちが目指す社会 私たち「難病者の社会参加を考える研究会」では、日々の活動の話し合いのなかでたびたび話題になる内容として、次のような社会を目指したいと考えています。そのための課題点も含めて、社会参加の観点からまとめてみました。 ###1.共生社会 「障害者差別解消法」第1章第1条(目的)には、「すべての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする」と記されています。 「共生社会」という言葉は、時に抽象的なお題目として語られがちですが、私たちはそれを理想論ではなく、現実に目指すべき社会像として真剣に捉えています。 共生社会とは、単に「ともに生きる」ということにとどまらず、一人ひとりの多様なあり方を相互に認め合い、誰もが排除されることなく役割を担える「全員参加型の社会」であり、「働きたい」と願う人が、その希望や制約に応じて働く機会を得られる、生き心地の良い社会です。 だからこそ、「共生社会」という言葉にどれだけ現実味や具体性を持たせられるか。この言葉を育て、血の通った、生きた言葉としていくことができるか、が大切だと考えています。 ###2.なぜ「働く」ではなく「社会参加」なのか 本白書のタイトルは『難病者の社会参加白書』であり、「難病者の働く白書」ではありません。私ども研究会の名称も、『難病者の社会参加を考える研究会』で、「難病者の就労を考える研究会」ではありません。 私たちは「働く」は社会参加のひとつの手段・選択肢と考えています。社会参加の方法は、人それぞれで良いのだと思います。さらにいえば、社会参加も不参加も、参加度合いも、さまざまな選択肢があってよいのではないでしょうか。 障害者や難病者やひきこもりの人々にとって、「働かないのは悪である」「働かないのは怠けているだけ」「誰もが我慢して働いている」といった家族や親戚や世間の冷ややかな目線や声は、非常に辛く苦しいものです。自分が悪いのだと思い込み、我慢して働いては余計に体調を崩してしまうというパターンは、難病者のあるあるです。世の中には自分の責任ではなく、働きたくても働けない人もいるし、働きたいという意欲がわかない人もいますし、そういう時期、タイミングもあります。 では、「社会参加」はどうでしょうか。これも周囲が強制すべきものではないでしょう。私たちは、「社会参加するべき」ではなく、本人の生きやすさからの「社会参加」を考えています。「自立とは依存先を増やすこと」(熊谷晋一郎 東京大学先端科学技術研究センター教授)という言葉にあるように、依存先を増やすことで、自分が主体的に生きられることに繋がる、生きやすさに繋がるのだと思います。依存先を増やすこと、そのひとつが社会との接点を増やすことと考え、「社会参加」という言葉を使っています。 本白書の内容は、どうしても「就労」「雇用」といった内容に偏っています。それは私たちの力不足であり、今後の宿題になるのだろうと思っています。 ###3.難病者が働きやすい社会は誰もが働きやすい社会 難病者が 働きやすい社会は、高齢者にとっても、子育て世代にとっても、家族の介護を担う人にも、LGBTQの人にも、文化や習慣が異なる人にも、疾患がある人にも、すべての人にとって働きやすい、そして暮らしやすい社会になると考えます。 難病者が働きやすいと、なぜ他の属性の人も働きやすいのでしょうか……? 難病は、症状が進行したり安定したり、すぐにエネルギーが切れたり、慢性症状にも波があったりと、症状の不安定さが社会参加の妨げとなるケースが多いのです。また、見かけからはわかりづらいことも多く、「怠けている」といった誤解や偏見を受けることも少なくありません。そのような難病者が働きやすいということは、さまざまな制約を抱えた人々や事情が安定しづらい人々、マイノリティの人々にとっても、働きやすさにつながるのではないでしょうか。 誰もが自分らしく、いきいきと働く喜びを感じられる社会の実現に、難病者の雇用がプラスの影響・作用を起こせるのではないかと私たちは考えています。 ###4.柔軟に時間調整できれば多様な人が働ける 週40時間のフルタイム勤務というしばり・常識が、何らかの制約や事情を抱える人々を職場からいたずらに排除している可能性があります。 ショートタイムワーク(超短時間雇用)や、体調の変動などの事情にあわせて勤務時間を調整できる時間的柔軟性をもった仕組みがあれば、これまでは働きたいのに諦めていた人々を労働市場に呼び戻せる可能性があります。 ###5.難病者が職場に入ることのメリット 難病者の就労は、直接的な労働力となるだけにとどまらず、次のような副次的な効果も考えることができます。 ・誰もが働きやすく魅力的な職場になり、働き手が集まる ・短時間労働者が混在することで、時間を有効に使う意識が職場に広まる ・弱さ(制約)を認めあい補いあう職場は、心理的安全性が高まり、互いに助け合う協働意識が、チーム力・仕事力を上げる ###6.制度の狭間で孤立する難病者が減少する 障害者総合支援法の対象疾病は376疾病(2025年4月1日現在)あり、福祉サービスが利用できますが、障害者雇用促進法では難病者も対象としているものの、雇用義務の対象からは現時点(2025年7月)では除外されています。〔編集部注:障害者の雇用の促進等に関する法律第3章 対象障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等 第1節 対象障害者の雇用義務等 第37条2「対象障害者」とは〕 そのため障害者手帳を取得しづらい多くの難病者は法定雇用率には含まれません。 例えば、指定難病の診断を受けていれば、障害者総合支援法による就労移行支援事業所に通うこと(入口)はできるのですが、法定雇用率に含まれないため就職先(出口)がない、というねじれ現象が起きています。またそれにより、難病者向けの就労移行支援事業所が少ないことも課題です。 まずは、障害者総合支援法と障害者雇用促進法による難病者施策の入口から出口までの一致が望まれています。 難病者を法定雇用率にどう算入させるのかについては、検討から決定のプロセスに当事者の声を反映させることが大切です。障害者権利条約のスローガン「私たち抜きに、私たちのことを決めないで」の通りです。 ###7.変動する症状への客観的な判断基準の設定が必要 社会制度にのせる上で課題となるのが、症状や障害が固定せずに変動する難病者への判断基準を、当事者目線で新たに検討する必要性です(英国では「エネルギー障害」という新たな分類が研究されている:DRILLプロジェクト「エネルギー障害と障害者インクルージョン」2020年4月)。 障害者手帳を取得する認定基準は、障害別に決められていますが、難病者は症状に波があることが多く、それが障害者手帳を取得できない一因と考えられています。社会制度は、社会生活が困難な人にこそ行き届くべきです。同じ指定難病の同じ病名の人でも、人によって社会生活の困難度はさまざまです。当事者目線での新たな判断基準が求められています。 制度設計や医療の現場での、共同創造(Co-production:コ・プロダクション、サービス提供者とサービス利用者が対等な立場で取り組むこと)の考え方や実践が広まることも、難病者の社会参加のひとつの鍵となるでしょう。 ###8.柔軟な働き方に対応する社会保障制度や評価制度の実現 労働人口の減少から、柔軟な働き方は社会に一挙に広まっていくと考えられます。これまで働きたいのに働けなかったさまざまな人々が、労働市場に参入します。そこで必要となるのは、社会保障制度の仕組みが追いついていくことです。また、社内での評価制度の見直しも必要でしょう。ショートタイムワーカーやフリーランサー、RDワーカー、副業の増加などの変革の中で、ディーセントワークの考え方が重要になります。 ディーセントワークとは、日本では「働きがいのある人間らしい仕事」や「尊厳ある働き方」などと訳されますが、その内容を厚労省は次の4つに整理しています。ショートタイムワーカーやフリーランサーが増えても、これらの4つが担保されていることが重要です。 1. 働く機会があり、持続可能な生計に足る収入が得られること 2. 労働三権などの働く上での権利が確保され、職場で発言が行いやすく、それが認められること 3. 家庭生活と職業生活が両立でき、安全な職場環境や雇用保険、医療・年金制度などのセーフティネットが確保され、自己の鍛錬もできること 4. 公正な扱い、男女平等な扱いを受けること (引用:「ディーセントワークと企業経営に関する調査研究事業報告書」平成24年3月厚労省) 日本の産業界では、ディーセントワークの推進が企業経営の負担になることを懸念する声もあるようですが、まったく逆であると考えています。労働力減少のなかで、労働者にとっていかに安心して働ける職場にできるかが、これからの企業経営の重要な鍵となるでしょう。 ###9.法定雇用率によらない雇用の拡大も重要 前述した難病者の法定雇用率への算入など、制度(義務化)による難病者の雇用拡大とともに、制度によらない(義務化しない)難病者の雇用拡大もとても重要です。多様な難病者の雇用を進めるためには、入口を一つにしないことが必要です。さまざまな選択肢を用意することが、人材確保の鍵となることは、難病者に限ったことではありません。 山梨県の取り組みのように、応募条件を障害者総合支援法の対象疾病の診断を受けている者とするなど、多様なアプローチが広まることが、労働人口減少へのスピード感ある対応につながり、“共生社会”への近道となります。 労働人口の減少、高齢化社会の下では、既存のルールや価値観にとらわれない柔軟さが求められています。 〔写真:難病者の社会参加を考える研究会会議中のひとコマ〕