【35ページ】 ##難病者の「働く環境」を整えるための法律 弁護士/社会福祉士 青木 志帆 2016年4月施行の障害者雇用促進法の改正により、雇用分野での合理的配慮は雇用主の義務となり、厚生労働省からは、雇用のどのような場面で、どのような病気や障害に対し、どのような合理的配慮の提供が考えられるか、詳細な指針が出されました。そもそも、雇用主は、労働者に対し、「安全配慮義務」という、合理的配慮提供義務と近い内容の義務を負っており、これについては実に昭和の頃から裁判例で認められています。合理的配慮の提供を断られて解雇された場合、出るところに出れば、復職が認められうる素地は十分にあるのです。 しかし逆に言うと、「出るところに出なければ」、つまり訴訟を起こすほどの大ごとにしない限り、思うようにいかない事例がまだまだ多いのでしょう。今回、難病者の社会参加を考える研究会から、「難病者が働くときの合理的配慮について講演をしてほしい」と依頼されたことに代表されるように、はたらくということについて大きな課題を抱える難病者がおられるのも事実です。 ###合理的配慮への言語化が難しい難病者 法律が成立しただけで、法律に書かれたとおりの社会が実現するわけではありません。雇用者と労働者がきちんと法律を使い、時には紛争になりながら鍛え上げていくことで、ようやく社会に実装されるものです。特に難病者の場合、「わかりやすい障害」ではないために、何が合理的配慮なのか、患者自身も言語化が難しいことが多いように思います。自分の病気を端的に説明すること、それに対して必要な配慮、配慮をしたとしてもありうるリスク、これらを病気の素人にスッと入るように説明できる人がどれだけいるでしょうか。しかし、合理的配慮とは、雇用者、労働者ともにこれらの点の共通認識を得ることが大前提となるため、「私の病気を理解してください」だけではどうしようもないシビアな概念です。ともあれ、労働者になんらかの疾患や障害がある場合は、雇用主の責任で、職場において支障となっている事情の有無を確認しなければならない、というところまでは法律で義務付けられています。つまり、私の病気を理解してもらうための対話の場を設定するところまでは、法律で決まっています。あとは、その場でどう理解してもらうか。 ###架け橋となる支援者が重要 私は、この難病者のニーズを雇用主へ伝え、雇用主が不安に思うことについては難病者と一緒に払しょくするような、難病者と雇用主の架け橋となる支援者が重要になると思っています。難病法ができたころは、一部ハローワークに配属されている難病患者就職サポーターしか活用できる支援がありませんでした。しかしその後、指定難病であれば、障害福祉サービスを利用できるようになったことから、障害者が利用してきた就労支援である「障害者就業・生活支援センター」や、「就労移行支援」といったサービスも利用可能になりました。これらはいずれも、いわゆる「福祉的就労」ではなく、一般就労を目指す障害者・難病者の相談を受け、職場探しをサポートするサービスです。大手の就労移行支援事業所であれば、難病の人向けの支援体制を整え、就労実績をあげているところもあります。 ###専門相談員の育成と政策 ただ一方で、「相談に行っても「難病の人の支援をしたことがないのでわからない」と言われた」という声を聞くのも事実です。大変残念なことですが、難病者が雇用のフィールドに登場したのはごく最近のことで、専門の支援者が育っていないといえます。とりわけ、どうしても医療的な専門知識が必要なのに、既存の相談機関には医療職がいないことも多いので、必ずしも難病者が満足のいく相談結果にならないことがあります。ここは、過渡期の苦しみで、相談支援の現場の取組みと、政策として「医療的知識のある相談員が必要である」という声をあげることの両輪で、これらの相談機関をより使いやすくするしかないでしょう。 ###障害年金の活用 最後に、難病者が生活に不安なく働く方法として、障害年金を活用することを提案します。障害年金とは、病気やけがによって生活や仕事などが制限されるようになった場合に、現役世代の方も含めて受け取ることができる年金です。その名前に反して障害者手帳は発行されているかどうかも、指定難病に入っているかどうかも関係なく利用できます。がんも含めた病気全般がカバーされているので、私が知る限り、慢性疾患の方が利用できる給付型施策で最も幅広い間口の制度です。 大変複雑な制度なのでここで詳細を説明することは控えますが、例えば最もあてはまる人が多そうな「障害基礎年金2級」に該当すれば、2か月に1回、13万6000円受給できます。患者本人が扶養しているお子さんがいれば、さらに加算も発生します。定期的に必ず得られる収入があれば、無理をして正社員として働く必要はなく、健康を維持しながら無理なく生活する道が開けると考えます。精神障害の事例にはなりますが、「障害年金+短時間就労」の組み合わせにより、精神障害者の生活支援を構築するモデルを示した書籍に、青木聖久著「精神障害者の生活支援―障害年金に着眼した協働的支援―」法律文化社(2013年)があります。興味のある方はお手に取ってみてください。 ###障害年金の相談は専門職に ただし、障害者手帳が発行されていない慢性疾患の場合、精神疾患よりもややイレギュラーな申請になることは否定できないので、年金事務所から「そんな病気では認められません」と言われてしまう可能性があります。時には、2024年4月に勝訴判決が出た、1型糖尿病患者に対する障害基礎年金2級の支給を認めた裁判のように、その権利を獲得するまでに長い裁判を経る必要があるかもしれません。そこで、申請される際は、障害年金を専門に取り扱っている社会保険労務士か、数は少ないながら障害年金を取り扱う弁護士もおりますので、こうした専門職に依頼をした方が認められる可能性は上がります。 一昔前に比べ、さまざまな制度を組み合わせることで、難病者の良好な働く環境を整えることができるようになってきています。そのすべてを当意即妙にコーディネートできる人が少ないのが難点ですが、就労を望む当事者が増えることで、将来進化していくことを期待します。 ###PROFILE あおき しほ:弁護士・社会福祉士。大阪府堺市生まれ。難病の当事者として、当初は指定難病から外れていたため医療費助成が受けられず高額負担となり、医療制度を問い直したい思いから弁護士を志した。2009年弁護士登録、2015年明石市役所入庁、福祉部障害者・高齢者支援担当課長、あかし保健所法務相談支援担当課長などを歴任、2023年4月明石さざんか法律事務所入所。 著書に、『増補改訂版 相談支援の処「法」箋: 福祉と法の連携でひらくケーススタディ』現代書館、新刊『あしたの朝、頭痛がありませんように』青木志帆・谷田朋美 (共著、現代書館)など。 〔写真:あおき しほ氏写真〕