【37ページ】 ##難病者就労には互いの情報開示によるマッチングが不可欠 「患医ねっと」代表 鈴木 信行 ###はじめに 今回は、筆者のこれまでの経験から得られた、難病者の就労問題や、その解決策について、持論を述べる。なお、マスとして情報を集めたわけではなく、個人的体験から得られた話題提供となることをご容赦いただきたい。 ###就労の大原則 就労とは、一言でいえば、労働力を必要とする企業と、技量を活かし労働力を提供したいという人間の「マッチング」であると私は考えている。この大原則を実現している基盤でなければ、長続きはしない。時に「就職したい」という言葉を聞くが、職に就くことは目的ではないはずだ。生活費を自分で稼ぎたい、社会と繋がりたい、など、就労への目的を明確にしてこそ、マッチングの成功率はあがる。 例えば、障害者雇用促進法により法定雇用率の達成が企業には義務付けられているが、単に雇用率を確保するために障害者を雇用したとしても、就労者の目的と雇用者の目的が合わなければ、現場の当事者たちには無理が生じ、雇用が長続きするわけはない。 ###自己開示の重要性 ここでいう自己開示とは、難病者にも、企業にも求められる意識のことを指す。 昨今、就職差別につながるおそれのある不適切な質問などが明示され、企業側は面接等で留意していることと思うが、それが過度に捉えられて、就労後にも必要となる情報を確認していないケースが見受けられる。 逆に、難病者も、疾患に関する開示義務はないために事前に伝えておらず、就労後すぐに問題が発生し、雇用が継続できないケースもある。私と同じ先天性疾患を持つ仲間の話としては、歩行時に体幹が揺れるなどあきらかに疾患が疑われるが、それに対する情報共有はされずに、就労後に長時間の立ち作業が必要であることが判明し、就労継続が難しく、1か月程度で退職となった。互いに情報開示をしていれば、このようなミスマッチはある程度防げるものと推察できる。 互いに、就労を継続させることを目標の一つにし、互いの就労の目的を合致させ、必要な情報は開示し合うという意識が必要だと考える。 難病者に求められる努力 企業からすれば、難病者である前に、一人の従業員である。つまり、病気があることの前に、企業に対して賃金に見合った労働力の提供が必要である。 企業に対して合理的配慮を求めることは構わないが、それと同じぐらい、企業に対して提供できる労働力が何かを明確にする必要がある。何もできないという人はいない。何もできないと思い込んでいるだけであり、客観的にはできることは山ほどある。自信をもって、それを口にしていく勇気がほしい。 逆に、「指示されたことは何でもやる」という難病者がいたが、これはなにもできないと言っているのとさほど意味は変わらない。企業側が難病者の能力を見出すのではなく、自分が自分の技量を客観的に把握し、それを企業側へ伝えることができることで、長期的な就労が可能な状況を作り出せる可能性が高まるであろう。 ###企業側に求められる努力 就労希望者や従業員から、難病者であることを開示された際に、企業に求められることとしては、推測や思い込みで判断せずに、実直に本人に確認する必要がある。 例えば、私はがんが発症し上司へ報告したところ、即座に業務から外された。しかし、早期発見のがんにおいて症状は全くなく、なぜ業務から外されたのかはいまだに不信感がぬぐえていない。できれば業務遂行上、難しいことは何かと確認が欲しかった。 企業が従業員に対して求める技量の中で、難病であるがために配慮が必要なことは何であるかをできるだけ細かく合意する意識が求められる。 私は、飲食店経営時代にホール担当として盲目の難病者を雇用した。フロアをしっかりと見えていない彼女は、各テーブルまでの距離を歩数でカウントしていた。そのために客には手荷物を通路に置かないように依頼した。そのように工夫すればできることは多くある。 ###難病者の就労の実現により得られる社会 子どもの幼稚園の迎えがあるからと早々に帰宅する、親の介護があるからと出張ができない、病院へ通う必要があるから休暇が多くなる。合理的配慮とは、このように誰にでも当てはまる可能性がある。 難病者に対する合理的配慮というと難しくとらえられる傾向があるが、誰しもが働きやすい環境、力を発揮できる職場、皆が力を合わせて経営理念に向かう組織と考えれば、難病者であっても雇用する価値があるかもしれないことは理解できるのではないだろうか。 そして、難病者を雇用しているという事実とそのデータは、障害者雇用率のように、その会社の従業員に対する愛情のバロメーターであるとともに、それはより有能な人材に着目される強みにもなりえる。 ###さいごに いまの日本では、障害者認定されていない難病者は制度のはざまにおり、雇用されにくい環境である。しかし、誰しもが持つ何かしらの能力を難病者自身が認識し、就労の目的を明確にし、企業の求める技量とマッチングすることで、積極的な雇用にチャレンジできる社会の実現を、私は期待している。 ###PROFILE すずき のぶゆき:先天性の二分脊椎による身体障害者であり、精巣がん、甲状腺がんに罹患経験がある当事者。製薬企業に10数年間勤務。その後は飲食店の経営、NPO法人の創業などを経験。2013年より「患医ねっと」を立ち上げ代表に就任。自営業として各地で講演や研修の活動をしている。読売新聞「ヨミドクター」に3年間コラムを連載するなど執筆実績も多数。 〔写真:すずき のぶゆき氏写真〕