【39ページ】 ##患者会の活動と医療との連携、共同創造 ネフローゼ症候群患者会 代表 田中 知美 ###はじめに このたび、コラムを執筆する機会をいただきましたこと、心より感謝申し上げます。患者会は、当事者同士が支え合うピアサポートの場であると同時に、医療現場や社会とつながり、新たな価値を生み出す重要な役割を担っています。本コラムでは、患者会の活動と医療が連携し、共に創造する取り組みの可能性について、具体的な事例を交えてお伝えしたいと思います。 ###ネフローゼ症候群患者会の活動 ネフローゼ症候群患者会は、2016年にスタートした団体です。ネフローゼ症候群とは、尿中に大量のたんぱくが漏れ出し、血液中のたんぱくが減少する症候群であり、腎機能障害のほかさまざまな症状を伴います。子どもから大人まで発症する可能性があり、患者本人や家族等の支援者が直面する困難は多岐にわたります。 患者会では、対面やオンラインでの交流会を中心に活動を展開し、治療ガイドライン策定へのパネリストとしての参加や講演活動を通じて、患者や支援者の声を社会に届けています。 ###共同創造の取り組み 「共同創造(Co-production:コ・プロダクション)」という考え方について簡単に触れます。共同創造とは、サービス提供者とサービス利用者が、対等な立場で取り組むことを言います。共同創造は、保健医療の現場や保健医療政策作り、研究の場面で重要視されるようになってきており、保健医療に関わる全ての人(患者や患者を取り巻く人々、患者となり得る人(=市民)、医療者、サービス提供機関で働く人、政策を作る人)が力を分かち合いながらよりよいものを創りあげることをいいます。 〔編集部注:「共同創造とは」を下記から引用 日本精神保健看護学会誌 〔教育講演 2〕Vol. 30, No. 2, pp. 76~81, 2021 第 31 回日本精神保健看護学会学術集会 共同創造のうまれる場:共同創造を目指して 宮本 有紀さん https://www.jstage.jst.go.jp/article/japmhn/30/2/30_30S31.08/_pdf/-char/ja 〕 ネフローゼ症候群患者会が取り組む共同創造の具体例として、診療ガイドライン策定へのパネリスト参加が挙げられます。患者会のメンバーがパネリストとして参画することで、医療従事者や研究者と対等な立場で議論が行われ、患者の声や視点を治療方針に反映することが可能となりました。このような取り組みは、単に医療の受け手としての立場を超えて、患者が医療の共創者となる新しい形を示しています。 ###診療ガイドラインとは 診療ガイドラインとは、医療従事者が診断や治療を行う際の指針となる文書であり、科学的根拠に基づいた最適な医療を提供するために作成されますが、成人ネフローゼにおいては高いレベルのエビデンス論文は少なく、また対象患者数も少ない研究が多いのが現状です。 「エビデンスに基づくネフローゼ症候群診療ガイドライン2020」に示された治療方針は一律に医療従事者、主に医師の診療方針を縛るものではなく、実地診療の意思決定の補助になることを期待して作成されています。また今後、わが国における新たな臨床研究ないし基礎研究につなげていくことも目指しています。 ###診療ガイドライン策定への取り組み ネフローゼ症候群患者会は2020年版からガイドライン策定に携わっています。特に、治療のアウトカム(治療の結果や目標)について、患者が重視する点を明確にするためのアンケート調査を実施し、その結果がガイドラインに反映されました。さらに、医療コストに関しても、医療助成制度について記載するよう提案しました。その他、患者会が提案した視点が、ガイドラインに実際に組み込まれることで、患者の意見が反映される重要な一歩を踏み出すことができました。 ###現在の取り組みと今後の目標 現在は2026年に発行予定のガイドラインにも携わっています。ガイドライン策定を通じて痛感したのは、エビデンスに基づくガイドラインを作成するためには、そもそも十分なエビデンス、すなわち研究データが圧倒的に不足しているという現実です。研究を進めるためには、様々な場所で患者の声をあげることが重要だと強く感じています。また、ガイドライン作成に携わっている医療従事者である医師たちは日々の臨床現場において最前線で患者と対峙しながら尽力している方々で、それと並行して時間を捻出し、ガイドラインの作成に尽力されています。患者会としては、引き続きガイドラインをはじめ、調査への協力など研究が前に進むような活動を行っていく所存です。 ###ガイドラインにおける共同創造の大変さとやりがい ガイドライン作成における共同創造には、多くのやりがいがある一方で、いくつかの課題も伴います。医師と患者はガイドライン作成という同じ目標を目指していますが、その過程では情報や知識の差が大きな壁となります。医師が使用する専門用語やその背景にある考え方を患者の我々が理解するには、時間がかかり、何度も説明を繰り返していただく事が必要となります。医師が分かりやすく説明しようと努めてくれるものの、時に専門的な内容は難しく、理解に時間を要することがあります。そのため、医師の皆さんがなんとか捻出した時間に対して、会議の時間が長くなることも少なくありません。 一方で、このような共同創造の取り組みには大きなやりがいもあります。特に、患者の声を広く集め、それをガイドラインに反映させることができる点は、非常に意義深いと感じています。患者が持つ独自の視点や体験は、医療現場での実態をより正確に反映するための貴重な情報源となり、その意見を治療ガイドラインに届けることができることは、患者会としての大きな達成感を得る瞬間です。このような取り組みを通じて、医療の現場に患者の声を届け、より良い治療環境を共に作り上げていけることは、大きなやりがいです。 ネフローゼ症候群患者会では今後、ベーシックな知識のインプットをしていけるような勉強会や医療講演会なども開催していきたいと考えています。ガイドライン2020の発行後、担当した医師の皆さんはさらに患者向けの「療養ガイド」を作成して下さいました。療養ガイドにはネフローゼの基礎知識やQAを多く取り扱っています。このような医師の皆さんの取り組みには頭が下がるばかりです。 ###製薬会社との意見交換の機会 さらに最近は製薬会社からお声掛けをいただき、講演する機会が出てきました。講演後には、参加者からたくさんの質問をいただき、その都度、患者としての視点から答えをお伝えすることができています。私たち患者会にとって、製薬会社の方々と意見交換を行うことは、まさに共同創造の一環と言えます。患者が治療に求めるニーズや体験を共有することが、薬の開発や改善に役立ち、より効果的な治療法の実現に繋がります。 このような対話を通じて、製薬業界と患者が共同で新たな価値を創造することができ、より良い医療を目指す一歩となることを実感しています。患者会としても、これからも製薬会社をはじめ、さまざまな関係者との連携を深め、共同創造の精神を大切にしていきたいと考えています。 ###患者会の支援について 共同創造のステークホルダーである「患者会」については、いくつかの課題が存在します。患者会の運営には、人手や資金が必要不可欠です。ネフローゼ症候群患者会では専属のスタッフを雇用することは容易ではなく、現状では本業の傍ら、ボランティアで活動を続けています。また現状は運営費を会費で集めていないため、資金源が大きな課題となっています。 しかし、世の中に患者会がなければ、個々の患者にとっては、共同創造の入り口となる「声を上げる」ことすら難しいという現実もあります。また、昨今、患者会は高齢化が進んでおり、特に若い世代はSNS等を通じて無料で情報を得ることができるため、有料の会員組織に所属するメリットを感じにくいのが現状です。国や自治体が患者会活動を特に経済的に支援してくれるような施策があれば、非常に助かります。 やりたい活動はたくさんあります。ただし、金銭的にも人手的にも厳しいというのが現状です。しかし、個人的には自分が薬を飲むという日々の治療と同等かそれ以上に患者会の活動は重要だと捉えています。患者会の活動が自分たちの未来に直結するためです。このように患者が集まって患者会を形成し、患者会を通じて共同創造に参画することは治療参加であり、社会参加だと思います。 ###社会参加について この白書のタイトルに関連し、社会参加についてもう少し触れてみたいと思います。社会参加が必ずしも就労とイコールであるとは私自身は考えていません。人それぞれにあった色々な社会参加の形が用意されていて、参加する・しないが自由に選択でき、希望する方はいつでも参加できる事が大事だと思います。個人としては患者会活動を続ける中で自分の治療にも主体的に取り組めるようになった経験がありますので、社会参加が治療に良い影響を与えるという体感はあり、この分野の社会的な研究も進んでほしいと考えています。 さて、この白書でも多く取り上げられている就労について、仕事をしたいと望む人にとって、お金を稼ぐ事が出来るという点一つを取り上げてみても、治療費の心配の軽減、日々の生活を成り立たせる安心、趣味に使うなどの気晴らしと、心身への影響がとても大きいと思います。就労は患者にとって、とても関心の高い事項です。オンライン患者交流会を実施して初対面の方同士で話すことも多いですが、毎回と言っていいほど、就労に関する悩みが話し合われます。同じネフローゼと一括りに言ってもそれぞれの状況が異なりますので、幅広い悩みが共有され、お互いに経験談を語るなどのピアサポートがなされています。 社会参加をする事の効能の最も大きなものは「視野が広がる」という事だと思います。自分だけじゃなかった、この治療だけじゃなかった、こういう風にしている人もいるんだ、など他者と関わることによる事の効果です。実際に「患者会でこういう風に聞いたんですが、どうですか?」と主治医に質問してみたというケースも多く聞きます。特に難病患者はその人数の少なさから、自身の生活圏内に同じ疾患がある人を見つけるのが難しく、患者会で初めて出会ったという方がほとんどです。症例が多くない事から、専門医でも治療はケースバイケースで判断され、模索しながらという事が多いのではないかと思いますので、患者が積極的に自分の状況を話したり、関わる事が大事であると思います。 私が通っている腎臓内科ではありませんが、残念ながら他病院の他科では未だに細かな説明を省いたり、質問をすると煙たがられてしまうなど、こちらに任せておけば良いのだと言わんばかりに、患者を置き去りにする医療機関もあると感じていますが、そうさせてしまう医療機関の背景にも目を向けたいものです。質問が出るということは自分の治療に主体的に関わっている事だと思うのですが、なかなか短い診療時間では患者の質問に答えきれないという事情もあるのでしょう。 診察室で医師が対峙する患者の背景には生活があり、仕事があり、職場があり、家族があり、夢があります。急性期には疾患の勢いを止める事が患者と医師の共通の目標になりますが、いかにその後も目線を揃えられるか、そのために医師は患者の全体像を捉える事が出来るか。また患者はどのように自分の事を表現していけば良いか。もし、治療を中心に考える医師側、生活や仕事を中心に考える患者側ですれ違いがあるとしたら、どこから対話していくと良いのでしょうか。 患者はそもそも伝えるのが怖い、無理と言われてしまうだろう、最初から考えてもみなかった、すっかり諦めていた、など医師に考えや想いを伝えていない事があります。そんな中、例えば、就職・転職・復職・休職など就労の節目において医師に意見を求めることがありますが、普段から患者と医師間で「働くこと」を含む全体的なライフプランや価値観を少しでも多く共有できたらどうでしょう。QOLという言葉は一般的にはなりましたが、この分野での研究はまだこれからという印象を持っています。全ての人が共同創造に関わる事で、生活〜就労〜キャリア形成と少しずつ解像度が上がっていくと良いのかも知れません。 ###終わりに 共同創造についてはすでに記載の通り、日々の診療において医師と患者一対一での関わりの中にも存在し、お互いに工夫できる点があると考えています。オンライン患者交流会では様々なテーマを取り上げて話し合いをしていますが、「医師とのコミュニケーション」をテーマとして扱った事もありました。また先に記載のガイドラインのパネル会議においては「ライフプランを踏まえた長期的な治療計画」を医師と患者でしっかり話し合えるようにしたいというアイデアも伝えています。患者がより主体的に治療に関われるように患者会としても出来ることを働きかけていきたいです。 結びとなりましたが、本白書がよりよい未来を築くための大きな一歩となることを願っております。このような貴重な機会をいただけましたことに、改めて感謝申し上げます。 ###ネフローゼ症候群患者会について 「病気で諦めなければならないことはひとつもない。病気に夢まで奪われない。」を理念に掲げ、「患者の力で治りにくい病気を治せる病気へ」をミッションとして活動を続けています。 ・患者会ホームページ https://nephroticsyndrome.amebaownd.com/ ・X https://x.com/nephroticsyndro?s=21&t=VqFnd-aK7j9PnfoAoLjZMw ・エビデンスに基づく診療ガイドライン2020 https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00593/ ・療養ガイド https://www.nanbyou-jin.jp/achievements/guide ###PROFILE たなか ともみ:2008年に微小変化型ネフローゼ症候群を発症。現在まで薬での治療を続けているが、再発も多い。病気をきっかけに障害福祉分野へキャリアチェンジし、現在は学生の就職活動のサポートをしている。フルリモート勤務で運動不足のため、休暇はたくさん歩くことを目標にしている。