【107ページ】 ##就労支援の現状と課題~難病者に寄り添う支援のために~ 群馬パース大学看護学部看護学科 講師 川尻 洋美 ###はじめに   難病とは、原因不明かつ治療法が確立されていない希少疾病であり、長期的な治療が必要とされます。2025年4月現在、指定難病は348疾患にものぼり、医療技術の進歩によって、多くの難病者が社会生活を送れるようになりました。しかし、難病は依然として就労における様々な困難をもたらし、社会参加への障壁となることが少なくありません。 私は、難病者や支援者が共に学ぶ場としての全国難病センター研究会で、療養者主体の就労支援を考える就労部会を立ち上げました。その活動を通じて、難病者の就労支援の現状と課題を深く知る機会がありました。しかし、ある事をきっかけに就労部会を休止しています。   ある企業の就労支援会議に参加した際のことです。進行性の難病を抱える男性従業員Aさんが、奥様と共に出席されていました。所属部署の上司、人事課職員、産業保健スタッフ、地域の支援者など、関係者が集まり、Aさんの病状に合わせた働き方について協議しました。その結果、それまでAさんが担当していた現場監督業務から、事務職への配置転換が決まりました。奥様は安堵の表情を見せながらも、受験を控えたお子さんのことを考えると、Aさんの退職は避けたいと心情を吐露されました。しかし、Aさんは終始無言で、ひざの上に手を置いたまま、前を見据えていました。   その後、Aさんの体調や希望を考慮し、何度か業務内容を変更しました。周囲も「これでAさんも働きやすくなるだろう」と考えた矢先のことでした。Aさんは車のカギだけ持って失踪し、懸命な捜索の末、発見された時にはすでに命はありませんでした。私たち支援者も突然の訃報に接し、深い悲しみと衝撃を受けました。Aさんの死を無駄にしないために、支援者として何ができたのか、何をすべきなのか、真剣に議論を重ねました。   Aさんの事例は、就労支援の難しさを改めて私たちに突きつけました。支援者として、「無理をしなくても良い」「辞めるという選択肢もある」と伝えるべきだったのではないか、Aさんの真意を汲み取ることができなかったのではないか、という後悔の念が拭えません。本人が安心して本音を話せる環境、そしてその声に真摯に耳を傾けることの重要性を痛感しました。 この経験を教訓に、私たちは、就労支援において、本人の不安や悩みに寄り添い、可能な限り本人が納得できる選択を支援する必要があると考えます。就労は人生の重要な一部であり、それが本人にとって負担ではなく、生きがいとなるような働き方を見つける支援こそ、私たちの使命です。   ###1. 就労にもたらす困難のひとつである難病   難病は、その症状や経過が多岐にわたるため、患者一人ひとりの状況に合わせた就労支援が重要です。例えば、多発性硬化症は、視力障害や運動障害など、様々な症状が現れ、再発と寛解を繰り返すという特徴があります。   40代のBさんは、多発性硬化症を発症し、足や手に障害が残りました。それまで勤めていた会社を退職し、障害年金を受給しながら専業主婦として生活していました。ご主人の収入で経済的には問題ありませんでしたが、Bさんは社会との繋がりを失ったと感じ、もう一度働きたいという強い思いを抱いていました。私は、ハローワークの会議室で初めてBさんにお会いしました。難病患者就職サポーターから、Bさんの就職活動を支援するにあたり、病状や障害を考慮した職業選択を検討する場に同席してほしいという依頼を受けたのです。Bさんは、歩行時に杖を必要とし、手に力が入りにくく、時々、脱力するなどの症状があるということでした。医師から指示された就労の条件は、体を軽く動かす程度の仕事で、夏場でも涼しい環境、そして体調の変化に対応できる休憩スペースがあることでした。Bさんの強みは「働きたい」という強い意志と、これまでの豊富な職業経験でした。   難病患者就職サポーターは、Bさんの希望や状況を考慮し、作業所のような福祉的就労を含むいくつかの就労先の選択肢を提示しました。Bさんは、職業体験を経て、最終的に書店での週3回の時短勤務を選択しました。仕事内容は、本のラッピングと玄関のモップかけです。Bさんは、再び社会参加できた喜びを感じ、生き生きと仕事をこなしていました。この事例は、難病者が、適切な支援と自身の努力によって、社会で活躍できることを示しています。   潰瘍性大腸炎やクローン病などは、若年層や働き盛りの年齢層で発病することが多く、下痢や腹痛、倦怠感、痛みなど目に見えない困難を伴い、周囲の理解不足が就労をさらに難しくしています。 30代のCさんは、大学生の時にクローン病を発症し、入院治療のために留年しました。卒業後は大企業に事務職として就職しましたが、職場に病気のことを告知していなかったため、合理的配慮を受けずに働いていました。そして、業者から納品された物品を倉庫に運んだり、空調のきかない倉庫で在庫管理を任されたりした結果、病状が悪化し、入院治療が必要となってそのまま退職してしまいました。   その後、体調が回復したCさんは、今度は病気を開示して別の企業に就職しました。しかし、実際よりも能力を高く評価されて開発部門に配属された結果、業務に追いつけず、ストレスから病状が悪化。朝起き上がれなくなり、仕事を休みがちになって1年で退職することになりました。2回の退職を経験したCさんは、保健所からの紹介で難病相談支援センターに相談し、さらに難病患者就職サポーターの支援を受けることになりました。そこで、まずは客観的な評価を受けることなり、障害者職業センターで職業評価を受けたCさんは、自分が思っているよりも事務処理能力が低いという現実を知りました。そして、これまでの退職は病気だけでなく、能力に見合わない仕事内容も一因であったことに気づいたのです。   そこで、Cさんは就労移行支援事業所で半年間、職業訓練を受けました。その後、病気を開示して病院の事務補佐員として採用され、今度は体調に配慮した仕事内容であったため、継続して働くことができるようになりました。この事例は、就労が継続できない理由を難病のみに求めるのではなく、客観的な能力評価を本人と支援者が共有することの重要性を示しています。Cさんのように、自身の能力を正しく理解し、適切な仕事を選ぶことで、難病を抱えながらも安定した就労が可能になるのです。   ###2. 就労支援の進展と課題 2013年の障害者総合支援法改正により、難病者が障害福祉サービスの対象となりました。さらに2014年には「難病の患者に対する医療等に関する法律」が施行され、難病相談支援センターでの就労支援や企業における合理的配慮が推進されています。しかし、2023年の厚生労働省の調査によれば、特定医療費(指定難病)受給者証を所持する約103万人の多くが、依然として職場での対応や社会的なサポートの不足に直面している現状があります。   特に、企業の難病者に対する理解不足、合理的配慮の提供体制の不備、就労支援情報の不足、地域格差などは依然として顕著な課題として挙げられます。まさに「難病者に優しい社会はすべての人に優しい社会」です。労働人口が減少している現代においては、難病者の多様な症状や障害に対応する就労支援の在り方について、より一層検討を重ねていく必要があります。そして、難病者支援の枠組みを超えて、誰もが頭痛や倦怠感などを感じた時、家族の急な病気で受診が必要な時、介護が必要で長期に休みが必要な時などにも利用できるような、柔軟で包括的な支援の仕組みを構築していくべきではないでしょうか。   ###3. 本人主体の支援 難病者の就労支援において最も重要なのは、本人主体の支援です。支援者は、難病者が自分の気持ちや状況を安心して話せる場を作り、本人の希望に基づいた支援を提供する必要があります。本人が主体であることを支援者が強く意識しないと、支援が本人の意思と乖離してしまうことがあります。支援者は、本人が自分の病気や体調、希望を具体的に言語化する過程を手助けし、それを職場や関係者と共有する役割を担います。  また、多職種連携の強化も不可欠です。医療機関、難病相談支援センター、ハローワーク、障害者職業センター、企業が連携し、切れ目のない支援を提供することが求められます。   ###4. 難病者の就労を支える社会へ 難病者が社会で能力を発揮し、生きがいを持てるようにするためには、一人ひとりの症状や障害、希望に応じた柔軟な支援や企業での働き方の調整や職場環境の整備といった合理的配慮の推進が必要となります。テレワークやフレックスタイム制の活用など、多様な働き方がさらに広がっていくことも期待されます。 また、専門職による専門的支援に加え、同じ体験を持つ者同士がつながり、支え合うピアサポートを有効に活用して不安や悩みを軽減する心理的な支援の基盤整備も急がれます。   ###おわりに   難病者がその能力を活かし、社会で活躍できる社会の実現には、支援者だけでなく、企業や社会全体の理解と協力が不可欠です。難病者が「自分らしく生きる」ための就労支援は、その人の人生の質を高めるだけでなく、社会全体の多様性を促進します。   働くことは、「社会貢献」「自己実現」「良い仲間との協働」などの意義をもたらします。これらは、難病者が自分らしい働き方を実現するための大切な指針でもあります。今後、難病への理解を深め、多様な働き方を受け入れる社会を目指していきたいと考えます。 ###PROFILE かわじり ひろみ:保健学修士、小学校の養護教諭、保健所の難病担当保健師を経て、2004年より群馬県難病相談支援センターの難病相談支援員として19年間勤務。2024年4月より群馬パース大学看護学部看護学科、講師。著書:難病相談支援マニュアル(社会保険出版社)。「健康管理と職業生活の両立ワークブック(難病編)」等。認定難病看護師。 〔写真:かわじり ひろみ氏写真〕