【110ページ】 ##見えない障害を伝えるひまわり支援マーク 東京大学 先端科学技術研究センター 准教授 並木 重宏 障害の中には、他人にはすぐにわからないものもあります。イギリスの政府機関では、直ぐにわからない障害や健康状態のことを、目に見えない障害(Invisible disabitlity/Hidden disability)として紹介しており、そのなかには精神疾患、自閉症その他の神経多様性、認知障害、聴覚・視覚・言語障害や、線維筋痛症などのエネルギー障害(一日のエネルギーに制限がある状態)などが含まれています。 目に見えない症状を持つ人が本当に支援を必要としていることを理解することが難しい場合があります。見えない障害をもつことで、様々な不便を被っています。日本のヘルプマークのように、見えない障害のあることをあらわすマークとして、「ひまわり」をシンボルとしている取り組みがあることを知り、簡単に調べてみました。   ###ひまわり支援マークの成り立ち 「ひまわり」のマークは、一見健康に見えるものの、慢性的な病気や障害を抱えている人々が周囲にそのことを知らせるための国際的なシンボルになっているそうです。お店や職場、交通機関、公共の場などで、手助けや理解、より多くの時間を必要としている可能性のある障害や症状があることを自主的に伝えるためのシンプルなツールで、このひまわりのマークを身につけることで、「私は見えない障害を抱えている可能性があります。少しだけ配慮していただけると助かります」というメッセージを送ることができます。 イギリス・ロンドンのガトウィック空港(Gatwick Airport)は、利用客が多い大規模な空港であり、障害のある人を含め、すべての人々が快適に利用できるよう、アクセシビリティの向上に力を入れてきました。 身体的な障害は視覚的にわかりやすいですが、そうではない目に見えない障害は周囲の人々から理解を得にくい側面があります。「乗客の中に明らかではない障害のある人がいることを、どうすれば知ることができるだろうか?」。自閉症、認知症、不安症、慢性的な痛みなどの症状を持つ乗客が直面する課題を認識した同空港は、潜在的なニーズをスタッフに伝えるための方法を探していました。また、利用客に適切なサポートを提供できるような意識の改革も求められていました。 こうした状況のなかガトウィック空港では国や地域の慈善団体と協力し、2016年に目に見えない障害を持つ人々に対する支援策として、緑地にシンプルなひまわりのデザイン、「Hidden Disabilities Sunflower」(以下「ひまわり支援マーク」) を採用しました(図1)。マークの着用者が空港内を移動する際に、何か特別な配慮や、支援、余分の時間が必要であることが分かるよう、さりげなく伝わるデザインとなることが意図されたそうです。ひまわり支援マークのアイデアは、空港職員に加えてアルツハイマー病、視覚障害、聴覚障害の当事者団体と協力して生み出されました。  〔図1.ひまわり支援マークのカード(Hidden disabilities sunflowerのホームページから〕   「ひまわり」は現在、目に見えない障害や見えない障害のシンボルとして世界的に認知されているそうです。常に太陽の方向を向き続けること、困難な状況でも前向きに生きていくというイメージから「ひまわり」が選ばれました。 乗客は任意でこれを身につけることで、空港スタッフに、時間が必要であったり、支援をうける必要があるかもしれないことを、さりげなく示すことができます。 マークを利用することに障害者手帳や診断書は必要なく、無料で使用することができます。また有償でカスタマイズして自分の名前や写真、必要な支援について追記することもできます〔参考①:ひまわり支援マークのカスタマイズについて https://hdsunflower.com/uk/make-it-your-own#details/〕。 ひまわり支援マークは、目立たない方法でニーズを知らせ、公共の場を自信を持って自立して移動できる手段を提供することで、隠れた障害を持つ人々を応援しています。   ###ひまわり支援マークの広がり ひまわり支援マークによって、空港では例えば以下のような支援を受けることができます。 ・レジでの時間を長くする ・荷物をまとめてもらう ・口の動きを読めるよう、スタッフと対面する ・明瞭でわかりやすい言葉を使う ・手の届きにくい商品を取り扱ってもらう ・周囲の人に、その人が何らかの困難を抱えていることを知らせる   ガトウィック空港でのこの取り組みはそのシンプルさ、わかりやすさから、すぐに世の中に広まりました。その後イギリスの主要な空港に取り組みが広がり、現在は世界で280以上の空港で取り入れられています〔参考②:ひまわり支援マークを導入している空港 https://hdsunflower.com/uk/insights/post/airports-around-the-world〕。2018年にはイギリス国内の鉄道会社、スーパーマーケット、銀行、病院、スポーツ施設、映画館・美術館など様々な場面で使用されるようになりました。 またイギリス以外の多くの国での利用が広がっています。例えば、ブラジルでは2023年に「ひまわり」を目に見えない障害のシンボルとして認める法律が可決されています。イギリスに加え、ブラジルやUAEでもそれぞれの国内の代表的な慈善団体がひまわり支援マークを採用しています。その他一般的な企業の参加も増えており、取り組みが世界的に広まってきているといえると思います。   日本では2022年から、羽田空港でひまわりマークの利用を始めています。その他に国内では成田空港、福岡空港、那覇空港、新千歳空港で導入されており、空港内の案内カウンターで配布されているようです。日本語の情報としては、福岡空港が分かりやすい資料を提供しています〔参考③:福岡空港が作成したひまわり支援マークの紹介文 https://www.fukuoka-airport.jp/information/himawaristrap20220301.html〕。 Hidden Disabilities Sunflowerのページには見えない障害のある人の経験のインタビューが掲載されています〔参考④:ひまわりに関するユーザーのストーリー https://hdsunflower.com/us/insights/category/sunflower-stories〕。また、見えない障害や症状、慢性疾患について世界に発信するため、このサイトでは「Invisible Disability Index」として912種類の事例が公開されています〔参考⑤:「見えない障害」として現在登録されている症状のリスト https://hdsunflower.com/uk/disabilities-form〕。ここに取り上げられていないものについても、サイトへ申請すると、チェックされた後に、公開されるようです。住所を指定して「ひまわり支援マーク」を導入している近くの施設を探すこともできます「Discover Sunflower-friendly places」〔参考⑥:「Discover Sunflower-friendly places」、ひまわり支援マークを導入している施設を調べることができる。https://hdsunflower.com/find-the-sunflower〕。またこのホームページから、ひまわり支援マークの関連グッズを購入することもできます〔参考⑦:ひまわり支援マークの関連グッズ  https://hdsunflower.com/uk/shop/lanyard-packs.html〕。   ###ひまわりマークとスポーツ 世界保健機関(WHO)によると、世界人口の3%、約2億人が知的障害をもつとされています。身体障害などさまざまな障害のある人が参加するパラリンピック、聴覚に障害のある人が参加するデフリンピックとは別に、1968年から行われている、知的障害のある人の自立や社会参加を目的として、様々なスポーツに挑戦するスペシャルオリンピックスというイベントがあります。ゲームに勝つことを目標としておらず、アスリートが自己の最善を尽くす事を目的としています。4年に一度開催されるスペシャルオリンピックスの世界大会はもっともインクルーシブなスポーツイベントであるとも言われています。 ドイツのベルリンで行われた2023年の大会では7000人を超える知的障害のあるアスリートが参加しましたが、この大会はひまわりマークの使用を公式に認定した初めてのスポーツイベントでした。大会のスタッフとボランティアは、ひまわりマークを身につけることを選んだアスリートや来場者を支援するためのトレーニングを受けたそうです。この認定によって、目に見えない障害を持つ選手や観客を包摂し、理解しようとする姿勢をとったことに加え、今後のスポーツイベントが、あらゆる種類の障害を持つ人々をより包括的に受け入れ、歓迎するための方向性を示しました。   国際サッカー連盟が開催した2023年女子ワールドカップでもバリアフリーな大会を目指し、ひまわり支援マークを導入しています。開催地のオーストラリア・ニュージーランドでは、トレーニングを受けたボランティアが会場に配置され、支援が行われました。イングランドプレミアリーグのサッカーチーム、チェルシーではスタジアムがすべての人を歓迎する場所にする取り組みの一環で、ひまわり支援マークのストラップの配布を行っています。   以上、イギリス発祥のひまわり支援マークを簡単に紹介いたしました。海外旅行に行くときに受ける支援や、海外からの旅行者への思いやりにもつながるのではないかと思いました。 ###PROFILE なみき しげひろ:東京大学 先端科学技術研究センター インクルーシブデザインラボラトリー・附属包摂社会共創機構 准教授。研究分野は、科学研究のバリアフリー、虫のインテリジェンス。2009年筑波大学大学院生命環境科学研究科博士課程修了、博士(理学)。米国ハワード・ヒューズ医学研究所博士研究員、同リサーチサイエンティストを経て、同コンサルタントを現在も務める。2015年6月から12月まで病気療養のため研究を中断。病気や障害を抱えている人でもアカデミアの世界で活躍できるバリアフリーな環境を構築するため、「インクルーシブデザインラボラトリー」を立ち上げた。 〔写真:なみき しげひろ氏写真〕