【ページ118】 ##2 特性を生かして週20時間未満で就業できる「ショートタイムワーク」 ソフトバンク株式会社 コーポレート統括 CSR 本部本部長 兼 SDGs 推進室長 池田 昌人 ソフトバンク株式会社(以下ソフトバンク)は、障がいや子育て、難病や慢性疾患などの理由で長時間の勤務が難しい方が、週20時間未満の短時間から就業できる「ショートタイムワーク」という働き方を推進しています。 ###「ショートタイムワーク」が誕生した背景 ソフトバンクは東京大学先端科学技術研究センター(以下、東大先端研)と共同で、2009年よりタブレットや人型ロボット「Pepper」などのICT機器を特別支援学校や特別支援学級などに活用していただくことで、障がい児の学習や生活支援を促進する「魔法のプロジェクト」に取り組んでいます。これまでに延べ約700校以上に実践研究にご協力いただきました。 一方で、「魔法のプロジェクト」の活動を通して、新たな課題が見えてきました。それは、このプロジェクトを通じて学びを得た子ども達が、就労という新たな壁にぶつかってしまうことです。そこで、学校教育の後、社会に出た際にそれぞれの能力を発揮できる環境や場所が必要であると考え、「ショートタイムワーク」という取り組みが誕生しました。 ###ソフトバンクでの「ショートタイムワーク」導入 2030年には600万人を超える人材が不足する1と言われている日本ですが、一方で、働く意欲はあるのに、障がいなどの事情により長時間勤務が困難な方も多くいます。ソフトバンクは、2016年に、そのような方々を対象に、週20時間未満から就業できる「ショートタイムワーク」を導入し、「ショートタイムワーク」の制度を活用して働く「ショートタイムワーカー」の採用を開始しました。 ###日本型雇用の課題と法改正 日本型の雇用は、基本的に週40時間以上の労働で職務の定義もなく、新卒の一括採用が一般的です。そのため、長時間労働ができて、幅広い業務に対応ができるジェネラリストが求められがちです。 また、「障害者の雇用の促進等に関する法律」に基づく「障害者雇用率制度」では、基本的に週30時間以上、短時間雇用であっても週20時間以上働くことが必要とされています。そのため、障がいなど何らかの理由で長時間勤務は難しいが、短時間であれば働くことができる方にとっては、従来の雇用制度の中では働く機会を得ることが難しい状況にありました。 こうした課題に対して、2024年より法定雇用率の算定対象が見直され、週10時間以上20時間未満の勤務時間も一部、雇用率にカウントされることになりました。この改正により、多様な働き方が認められ、短時間勤務を希望する人々の雇用機会が拡大することが期待されています。 ###業務を定義してから条件にあった方を雇用する 一般的な日本型の雇用では、先に人を採用し、後で仕事を割り当てるような新卒一括採用方式であるのに対して、「ショートタイムワーク」は「仕事を先に決める」という点が大きな特徴です。 「ショートタイムワーク」は、東大先端研の近藤武夫教授が提唱する「超短時間雇用モデル」を基に、ソフトバンクが仕組み化した取り組みです。「超短時間雇用モデル」は、「職務を明確に定義する」「超短時間から働くことができる」「本質的業務以外は柔軟に考慮する」「同じ職場で共に働く」のほか、「仕事の内容や必要なスキルの明確化」「人材の適性に応じた配置」の6つの要件が定義されています。 ソフトバンクは、この6つの要件のうち、「職務を明確に定義する」「超短時間から働くことができる」「本質的業務以外は柔軟に考慮する」「同じ職場で共に働く」の4つを基にして、「ショートタイムワーク」という仕組みを構築し、展開しています。 具体的には、業務内容を細分化し、その中で担当者が少し苦手とする業務や他の人に分担してもらった方が生産性が上がる業務など、依頼したい業務を明確に定義して切り出し、ショートタイムワーカーに依頼するという体制をとっています。 定義された業務ができる人を求人募集するため、ショートタイムワーカーは本人の特性や経験を生かすことができます。業務を依頼した担当者は、空いた時間を自分の担当する「コア業務」と言われる業務や新しい業務に充てる時間の創出ができ、生産性の向上にもつながっています。たとえば「語学力」のようなシングルスキルで活躍するというのが、「ショートタイムワーク」の考え方です。 (図)「ショートタイムワーク」の考え方 〔人がいて仕事ではなく、仕事を先に決めて人をあてる〕 必須条件:職務定義を行い職務に対して人を雇用、短時間から就業が可能、本質的業務以外は柔軟に配慮する、共に働く (東京⼤学先端科学技術研究センター 近藤武夫教授提唱) ###ソフトバンクでのショートタイムワーク雇用状況 2016年にソフトバンクの社内で「ショートタイムワーク」を導入して以降、これまでに累計74人のショートタイムワーカーが67の部署で業務に従事しました(2024年11月時点)。 年齢層は20代から50代で現在も常時20人ほどのショートタイムワーカーがソフトバンクの社内で働いています。 業務内容は、契約書の処理やデータ入力、郵便物の仕分けなどの事務作業の他、スキルを生かして翻訳や記事作成など、さまざまな業務に職場の他の従業員と同じ環境で取り組んでいます。直近では、アノテーションというAIモデル開発業務において、自身の特性を生かしているショートタイムワーカーもいます。アノテーションとは、AIの機械学習モデルの開発に必要な教師データを作る際に、画像などの範囲を指定してタグをつける作業のことで、集中力や正確さ、根気が求められる業務です。 また、大学を卒業したものの、難病のため就労条件に合わず、なかなか就職の機会に恵まれなかった方も、この取り組みを通じて就労の場を得て、自身のスキルや能力を活かして会社に貢献しています。 ###特性を生かして働くことを当たり前の選択肢に ソフトバンクでは、障がいのある方だけでなく、子育てや介護中、難病や慢性疾患などの事情で時間や場所、個人の状況に縛られず、自分らしく活躍できる環境作りを「ショートタイムワーク」を通して目指していきます。また、自治体が主体となり「ショートタイムワーク」を推進している事例も2019年から生まれており、例えば、女性活躍の目的で「ショートタイムワーク」を導入している自治体は9自治体あります。難病者の社会参加を目的とした自治体の事例はまだないものの、将来的にはこうした取り組みが広がることが期待されています。 今後、多様な人々が共に働くことができる働き方が当たり前の選択肢になっていくこと、求人情報などで自由に選べるようになったり、多様な働き方への後押しにつながっていくような取り組みにしていきたいと考えています。 ショートタイムワークの詳細はこちら https://www.softbank.jp/corp/sustainability/special/stw/ 【ページ120】 ##経済界へのメッセージ ソフトバンク株式会社ショートタイムワーク事務局 私たちは、日本が直面している人口減少社会、高齢化社会および労働人口減少に対する解決策として、難病者の社会参加と雇用の促進が不可欠であると考えています。難病者の雇用は企業にとって多大なメリットをもたらし、経済性を高め、企業の社会的責任を果たすだけでなく、労働人口減少への効果的な対策となります。以下に具体的な要望をお伝えしますので、今後の企業の雇用戦略における検討材料としてご活用いただければ幸いです。 ###要望 1.難病者の労働力活用の推進 2.法律に基づく雇用機会の提供 3.柔軟な働き方(ショートタイムワーク)の導入 4.心理的安全性の高い職場環境の整備 ###背景 労働力としての難病者の活用: 日本の特定医療費(指定難病)受給者証所持者は約108.7万人であり、さらに障害者総合支援法の範囲に含まれる難病者や希少疾患(希少疾病患者)を含めると、推定で数百万人に上ります。この大規模な労働力を掘り起こすことが、労働人口減少への重要な対策となります。 法律的背景と義務: 日本において、難病者の雇用促進は、令和4年障害者雇用促進法改正に基づき、障害を持つ全労働者に雇用機会を提供する義務があります。難病者の一部は障害者手帳を所持しており、この法律の対象となります。一方で、障害者手帳を所持していない多くの難病者は、実質的にこの法律の対象外であり、法的義務としての対応が十分でないという現状があります。 医療費負担の実態: 難病者は年間で数十万円から数百万円に及ぶ医療費負担を抱えており、経済的支援が不可欠です。例えば、日本における難病指定医療機関による年間の費用は1人当たり平均30万円以上です。指定難病の医療制度を利用した場合、自己負担比率や月額の上限の軽減があるものの、その他の難病者は一般と同様の負担になります。これらの実態からも、雇用を通じた安定した収入の確保は急務です。 ###メリット 企業の社会的責任とイメージ向上: 難病者の雇用促進は、企業イメージの向上やCSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)活動として評価されます。また、日本における障害者雇用率制度による法定雇用率の達成は従業員が一定数以上の規模の事業主の義務であり、これを超えて難病者を雇用することは企業の評価を高めます。 柔軟な働き方の推進と生産性向上: 難病者が働きやすい職場環境の実現は、全ての労働者にとって働きやすい環境を提供します。ショートタイムワークの導入は、時間的柔軟性を持ち、多様なニーズを持つ労働者に対応可能で、労働市場における多様性を高めます。また、ショートタイムワークによる時間当たり生産性の向上は、企業全体の生産性向上にも寄与します。 心理的安全性の確保: 難病者が働きやすい職場環境を整えることで、職場全体の心理的安全性が高まり、生産性が向上します。誰もが自分の弱さや制約を開示し、補い合う文化は、創造的で効率的な職場をつくり出す基盤となります。 ###結び これらの対策を通じ、難病者の雇用促進は単に社会的責任を果たすだけでなく、企業の競争力を高め、経済全体の活性化につながります。この要望書が、経済界の皆さまの労働政策に対する洞察と行動を促進する一助となれば幸甚です。 どうぞ、難病者の社会参加のための施策を早急にご検討いただき、日本社会の持続可能な成長に寄与することをお願い申し上げます。 以上