【ページ127】 ##5難病者の就労支援の現場から atGPジョブトレお茶の水 鹿島 早織 ###はじめに 就労移行支援事業所atGPジョブトレお茶の水の難病コースでは、2017年の開所当初から様々な難病のある方の就職をサポートさせていただいております。就労移行支援事業所は、通所型の障害福祉サービスのため、最大2年間、毎日利用者の皆様と顔を合わせてPC研修や自己理解の研修、就活準備などの就労支援を行っています。今回は、難病者の就労支援をしていて感じたことや課題、今後の展望など、利用者の皆様のエピソードを交えてお伝えします。 ###難病者の自己理解の場 30代女性のAさんは、学生時代に潰瘍性大腸炎を発症し、疾患と付き合いながら飲食店でアルバイト勤務をしてきました。より身体に無理のない働き方としてデスクワークへのキャリアチェンジを考え、ジョブトレの通所を開始。PCの研修を通してExcelやWordのスキルをどんどん習得し、チームで業務を行う際も中心となって動いており、事務職でもご活躍できる方だと感じていました。また、ご自身の体調の波や体調が悪化したときの対処方法もしっかりと把握し、体調管理も徹底されていました。このように就労に向けた準備は十分できていましたが、就職活動のときにいちばん悩まれていたのが「どんな仕事がやりたいのか、どんな仕事が合っているのか分からず、応募する求人を絞れない」ということでした。その裏側には、これまでは仕事を選べなかった、できる仕事をがむしゃらにやるしかなかった、という背景がありました。 弊所では実際の職場を想定した「職業トレーニング」という研修でご自身の強みや適性のあるお仕事を見極めていただいています。それに加えて、企業実習にも複数参加いただき、自己理解を深めることも大切にしています。しかし、企業実習を行っている企業の多くが「障害者手帳を持っている方」を対象としているため、障害者手帳を持たないAさんが参加可能な実習を探すことに時間がかかりました。幸い、とある企業で実習を実施いただき、「複数のデータを参照して必要な情報をまとめる」という難易度が高いデータ入力に挑戦する機会を得ることができました。そこで、理解力や吸収力、業務をスピーディーに行うことができる点などをご評価いただき、事務職として働く自信が付いたご様子でした。 ###疾患を開示して働く Aさんがもう1つ悩まれていたのが、採用選考の際に疾患についてお伝えするタイミングと、どの程度疾患について開示するかです。Aさんは障害者手帳を取得できないため、障害者雇用枠の求人に応募することができません。障害者雇用の求人ではない一般的な求人への応募になりますが、体調を崩す前兆があった際は在宅勤務に切り替える、体調が悪化してきたら早めに通院する、等の配慮がいただけるよう、疾患についてできるだけ事前に開示した上で入社することをご希望されていました。 弊所では採用選考時に提出する「疾患の説明書」を作成いただき、ご自身の症状・対処方法・配慮事項を企業担当者に分かりやすく伝えられるようサポートしています。Aさんも難病コースの研修で他の利用者さんの説明書の内容を聞いたり、職員と面談で壁打ちすることで非常にわかりやすい説明書を作成されていました。しかし、これを選考時に見て「受け入れが難しい」と感じてしまう企業も一定数あると感じています。就労支援員の中でも、開示の方法については意見が分かれるところかと思います。 (図)疾患の説明書:氏名、診断名、障害者手帳、一般的な症状、私の症状、自分で対処していること、等の項目 そんなとき、東京都からソーシャルファーム認証を受けている企業から事務職を募集していると連絡があり、Aさんは応募を決めました。「ソーシャルファーム」とは、自律的な経済活動を行いながら、就労に困難を抱える方が、必要なサポートを受け、他の従業員と共に働いている社会的企業のことです1。「就労に困難を抱える方」には、手帳を持っていない難病の方も含まれています。特に今回募集があった企業では難病のある方が複数名働いており、在宅勤務や時短勤務など、配慮を受けながらイキイキと働いている姿を見ることができました。 そのため、Aさんは書類選考時からご自身の疾患について安心してお伝えすることができ、スキルとお人柄を評価されてご入社に至りました。アシスタント業務から始め、適性や希望に合わせてお客様対応や、企業への研修対応もお任せいただけるという業務の幅の広さもAさんにとって魅力のようでした。 弊所に通所されている方はご自身の疾患についてしっかりお伝えした上で働きたいと希望される方が多い印象なので、今後はソーシャルファーム認証を受けている企業とのつながりを増やしていくこと、これまでの就労事例を他の企業にもお伝えして求人を開拓していくことを、精力的に取り組んでいきたいと思っています。また、難病コースの方は就労未経験の方や、難病によって事務職へのキャリアチェンジを希望している方が多いので、ご自身に合った仕事を見つけていただくためにも企業実習先の開拓も課題だと感じています。 ###症状を言葉にすること 難病コースを利用されている方の中には、現在も症状が強く出ており、痛みや強いめまい・吐き気など周りからは分かりにくい辛さと付き合いながら通所されている方も複数名いらっしゃいました。 シェーグレン症候群と線維筋痛症の診断を受けているBさんは50代前半で、これまでの人生を痛みと共に歩まれてきました。痛みを感じさせない笑顔と朗らかさを常に持っている方で、精神的にとてもタフなBさん。これまで接客業や飲食店の経営もご経験されています。身体への負担が少ない事務職へのキャリアチェンジを考え、通所を始めたBさんですが、痛みなどの症状をとにかく我慢すること、気合で痛みや辛さを吹き飛ばすことで生き抜いてきたため、どんな仕事であれば痛みが出にくいか、身体に負担がかからないかを言語化するのが難しいようでした。そのため、ご自身の状態の言語化とどのように企業に伝えていくかを職員と何度も話しました。職員との壁打ちによって、痛みの程度と可能な作業レベルが1枚のシートに集約されました。内定が出た企業にはこのシートは提出しなかったとのことですが、ご自身で痛みの程度や身体への負担を自覚したことで、求人の業務内容で確認するべきポイントが明確になったり、求人を選ぶ基準ができたとのことです。 (表)Bさんが作成した資料より抜粋 現在の状態での作業許容量の目安について(作業時間1時間を目安として) ・作業レベル①:事務作業、伝票整理・PC入力等、可能、長時間にわたると手に痛み ・作業レベル②:軽作業、商品陳列・発注・接客等、可能、長時間にわたると足に痛み、要小休止 ・作業レベル③:やや重労働、商品搬入・棚卸し等、条件付き可能、台車等の使用配慮希望 ・作業レベル④:重労働、オープニング搬入・大型家電搬入等、継続すると強い痛み、単発であれば可 ###症状や希望に耳を傾けること このように、難病のある方が就労するにあたって大切になるのが「症状についての話を壁打ちしてくれる相手」の存在だと思っています。弊所に通所されていた方の中には、疾患の認知度の低さや症状の分かりにくさから、ご自身の症状や精神的な辛さを内に秘めている方も多くいらっしゃいました。ざっくばらんに現在の症状や、自分が感じている気持ちについて話せる場が弊所のような就労支援機関だけでなく、家族や友人、同僚、ピアのつながりなど身近にあると良いなと思っています。私たちは医療の専門家ではないので、治療のアドバイスをすることはできません。行っている仕事の大部分は、ご本人のお話を聞いて「これは、こういうことですか?」「こんなときどうしますか?」と質問を投げかけることです。難病のある方が疾患についてお話してくださった際には、何か特別なアドバイスをする必要は無く、その方のお話に耳を傾けて質問していくことが大事だと思っています。お話が疾患に関することでなくても、話を聞いてくださる方の存在が回復やご自身の言葉を紡ぐことに繋がります。お話を聞く際は、ぜひ難病の治療と就労は両立できること2も知っておいていただけたらと思います。 私たちジョブトレお茶の水も、当事者の方がご自身について言葉にするお手伝いをしながら、企業の皆さまに難病について知っていただけるような場づくりを引き続き行っていきたいと思います。 ###外的課題とこれから 2017年秋、弊所は日本で初めての難病専門の就労移行支援事業所としてオープンしました。7年以上にわたる支援のなかで感じた外的課題を、まとめたいと思います。 一つ目は、障害者手帳を持たなくても、障害者総合支援法に基づく弊所のような就労移行支援事業所のサービスは使えるのですが、障害者雇用促進法に基づく法定雇用率には障害者手帳がないと対象外です。つまり、サービスは受けられても出口(就職先)がない、という状況です。本稿でも述べた大きな課題です。 二つ目に、「難病」というと非常に重篤なイメージを持たれる企業・人事担当者が多い、という実感です。職場に医療の専門家がいないと難しいのではないか、と思われがちです。実は、少しの配慮があれば、一般の方のように働ける難病者も少なくありません。ご本人が医療機関と繋がっていれば、職場に医療の専門家がいる必要性は高くはないのです。 三つ目に、週5日フルタイムの勤務が前提となっている雇用制度の課題です。短い時間であったり、在宅であれば力を発揮できる方が、活躍できるチャンスが非常に少ないと感じています。柔軟な働き方が広がることを期待すると共に、求人の開拓を精力的に行っていけたらと思っています。 最後に、難病専門の就労移行支援事業所としての弊所の取り組みは、おひとりおひとりに寄り添いながら、実習先や就職先の企業探しも含めて、日々試行錯誤の連続です。その一方で、様々な企業とやり取りをしていて、難病者の就労について年々関心が高まっていることも感じています。難病コースの取り組みや、難病者の就労について知りたいとお問い合わせいただく機会も増えました。難病コースの利用者様にご自身疾患や就労に向けて頑張っていることを発表いただく場には、毎回多くの企業様にご参加いただいております。今後も、難病者の就労という課題に共に取組み、試行錯誤してくださる企業の輪を広げていけるよう活動を続けていきたいです。 atGPジョブトレお茶の水:株式会社ゼネラルパートナーズが運営する就労移行支援事業所で、2017年秋、日本で初めての難病専門の就労移行支援事業所としてオープン。難病コースと統合失調症コースがある。 NHKハートネットTV「10月特集 働きたい~難病と企業の今~」初回放送日2024年10月14日にて紹介された当事業所(番組の内容はNHKのホームページから読むことができます:https://www.nhk.jp/p/heart-net/ts/J89PNQQ4QW/episode/te/W3R4KGQ4XJ/ ) 〔写真:昨年10月に放送されたNHKハートネットTV「10月特集 働きたい~難病と企業の今~」で紹介された当事業所の研修中の光景(画像提供 NHK)〕 鹿島早織:atGPジョブトレお茶の水副施設長。2018年に株式会社ゼネラルパートナーズに入社、障害者雇用専門の求人媒体の運営を2年間行った後、現職。 〔執筆者写真〕