【ページ139】 ##7 難病のある方の可視化とトリセツへの取り組み NPO法人両育わーるど 近藤 菜津紀 ###はじめに NPO法人両育わーるどでは〝障害や難病を越え、互いに学び合い、誰もが自らの望むように生きられる社会"の実現をビジョンに掲げ、障害や難病にかかわらず誰もが "自分らしくはたらく” ことにフォーカスした活動を行っています。主な事業としては、「社会参加をもっと身近に」をテーマとしたTHINK POSSIBILITY(TP)事業と「知らないを知る」をテーマとしたTHINK UNIVERASAL(TU)事業があり、本白書の発行母体である難病者の社会参加を考える研究会の運営もしています。 ここでは、THINK POSSIBILITY事業での新しい取り組みについて、ご紹介していきます。 (THINK UNIVERASAL事業については、次項でご紹介します) ###セルフコントロールサポートサービスの開発 THINK POSSIBILITY(TP)事業では、難病者の就業状況や日々のストレスを可視化することにより、体調の安定化と継続就労を目指す取り組みを行っており、近いうちにアプリケーションとサポーターによる両立支援の提供を目指し、開発を進めています。 このプロジェクトでは、「症状と体調に影響を及ぼす負荷の可視化」と「トリセツ」の2つを柱としています。 「症状と体調に影響を及ぼす負荷の可視化」は、現在の症状や仕事・生活上の負荷を難病者自身が記録し、可視化することによって、自己理解が深まると考えました。それにより、業務の調整を行うことや休息時間を多めにとることなど、必要な対策を取りやすくなり、その結果、体調の安定に繋がると考えています。 「トリセツ」は、可視化で自己理解を深めた上で、会社の上司や同僚など職場への説明を行うためのツールとして使用することを想定しています。トリセツを状況に合わせて使うことにより、周囲の理解が深まると考えています。 これら2つの仮説を検証するため、難病者及び周囲の方々にご協力いただき、トライアルを実施しました。 ###可視化とトリセツを含むプロジェクトの概要 (図)〔プロジェクトの概要を表した図〕 目標:慢性症状のある難病者の症状や仕事・生活上の負荷を可視化することにより、QOLの向上・安定就労を目指す 利用者:就業継続している方・休職中で復職を希望する難病者(今後対象者を広げることを想定) 事業概要:自分のトリセツを作成・会社(上司・同僚等)への説明資料〔を真ん中に〕 WEBサービス-主観情報×就業状況×ストレス(生体データ)を可視化するサービス(認知の歪み解消・慢性症状の増悪予防) 両立支援-被雇用者と雇用者間のコーディネイトによりコミュニケーションを円滑にするサービス(トリセツを使用しながらコーディネイトを行う→安定した就労 検証→可視化→私のトリセツ作成→負荷の軽減 <症状と体調に影響を及ぼす負荷の可視化トライアル> 1.対象者およびトライアル期間 対象者 第1回:難病者9名 第2回:難病者17名 トライアル期間 各回2週間 2.方法 ・各自、症状と業務負荷をレベル分けする(症状は10段階、業務負荷は5段階) ・期間中、毎日記録シートに以下のことを記載 症状レベル 生体データ…心拍変動・睡眠時間・歩数等 悪化要因…物理的ストレス(寒暖の変化・騒音・高低音による刺激など)      社会的ストレス(経済状況の変化・人間関係など)      心理的・情緒的ストレス(不安・焦り・寂しさ・怒り・憎しみなど)      生理的・身体的ストレス(疲労・不眠・健康障害・感染など) 業務時間 ・記録開始して1週間後、及び記録終了後、サポーターによるヒアリングを30分程度実施     3.体験して良かったこと、可視化から見えてきた知見 可視化トライアルを体験して良かったこと、可視化から見えてきた知見(改めて気づいたこと)を参加者の声からご紹介します。 【良かったこと】 ・自分の体調を継続して記録することで、いつ、どんなときに影響が出るのか見えてくる ・(ちょうど持病の再発が重なり)体調の悪化が記録でよくわかった ・言語化することで、頭の整理ができた(サポーターによるヒアリングがあってよかった) ・状態を記録するのは面白い ・仕事内容が変わり体調悪化、仕事と体調に相関があるのか、記録を続けてみたい ・自分にフォーカスすることがなかったので良かった ・自分と仕事と外的要因を客観的に見ることで、戦略的に対処できるようになった ・自分と職場を俯瞰して見られると、構造的な解決策が浮かぶ ・低温が体調悪化に繋がっていると気付いた→自分では得意だと思っていた冬が、苦手だとわかった ・通院するときに、主治医に要因、日数などを伝えることができた ・自分が認識していなかった要因を可視化できた ・持病の再発と普段のケアについて、その相関を確からしく実感できた 【可視化から見えてきた知見】 可視化トライアルを通して参加者からでてきた言葉のなかには、それぞれの気付きや対策や工夫があり、障害や病名は異なっても、共通するものが多いことに気づきました。それぞれが障害や病気との長いつきあいの中で蓄積されたものもあれば、今回のトライアルで改めて発見したものもあります。それらは、「対策の宝箱」のようなものです。みなさん共通の財産として、バージョンアップしていけたら、という声があがりました。ここでは、一例を紹介します。 【ティップス集】 (仕事・職場系) ・土日など休日を設定し、その日は仕事を見ないやらないさせない ・普段から職場の周囲を洗脳しておく(自分の病気や症状を伝えておく) ・アラームで業務時間を区切って適度な休憩を入れる ・残っている仕事を次の日にまわして寝る ・勤務中、オフィスで場所を変えて仕事をした ・在宅ワーク (気分転換・相談系) ・怖れずに好きなことをどんどんやってみる ・好きなこと、楽しいことをする ・相談先、話せる相手を複数持っておく ・ランチは笑いあえる人と行く ・気を許せる人との対話 ・ペットの癒し、植物の世話 (身体系) ・体を温めることを意識する(サウナ・温泉・着るこたつ・岩盤浴) ・軽い運動をする(散歩、ヨガ、ウォーキング) ・家事で「ちょこ雑負」(ちょっとした雑用で負荷をかける) ・歩き過ぎない ・早めに検査(自己検査キットがある)して持病の状態を把握する (食事系) ・病状からは控えた方が良いとされるものであっても、自分が食べたいと思ったものは食べてみる ・食べ過ぎない(少食なので外食だと多過ぎ、簡単なもので良いので自炊する) ・土日にプチ絶食 (睡眠系) ・昼寝、睡眠時間を増やす、帰ってすぐ寝る ・睡眠時間を10%増やしてみる 4.考察 今回のトライアルでは、参加者から、「記録することで、体調の変化や影響を及ぼすものを把握しやすくなった」との感想が多く聞かれ、記録して可視化することは、難病者の体調安定に一定の効果があることが確認できました。 一方で、「記載方法がわかりにくい」「記載項目に自分の症状や状況が当てはまらない」などの声もあり、今後、より使いやすくなるよう改良を進めています。 また、この取り組みを必要としている方に届けるためには、使いやすさに加え、「効果をわかりやすく伝えること」や「サポーターの育成」が必要であり、そのための説明資料作成やガイドラインの整備も進めていく予定です。 この可視化プログラムは、難病者が自分自身の体調を把握するためのものです。自分自身の状況を把握することにより、周囲の人への説明もしやすくなり、より効果的なトリセツ作成に繋がります。 ###トリセツとは ・職場でお互いを理解しやすくするためのツール ・職場で自分のことを適切に伝えるためのツール ・病状や配慮してほしいこと、自分で気をつけていること、得意なことなどを記載できる基本フォーマット ・すべての情報を載せる必要はなく、開示項目は、本人の意思や相手に応じて調整ができる ・作成の過程で、自分自身を客観的に見つめるきっかけにもなる ###トリセツへの想い 職場での理解が十分に得られれば、もっとよい仕事をもっと楽にできるのに・・・、そう感じたことはありませんか? 職場の人間関係に悩む人は多く、「私のことをもっと理解して欲しい」という声が聞こえてきます。そこで、私たちは、職場でお互いの理解を少しでも深めるためのツールとして、トリセツを作ることにしました。 しかし、「理解」といっても、その深さや距離感は人や状況によってさまざまなのではないでしょうか。日々の生活を共にしている家族であっても、そのあり方はさまざまで、関係性や距離感は多様です。ましてや、職場では、すべてを理解し合うことが必ずしも最適とはいえないと考えます。 私たちのトリセツは、あくまできっかけ・手段であり、万能なものではありません。病状による仕事への影響など、特に伝えるべきことを核に、場面や伝える相手により柔軟にアレンジできることを重視しました。職場での人間関係において、あなた個人の全てを理解してもらう必要はなく、職場での必要度に応じた形で活用いただけます。 また、トリセツの最大の効果はその作成過程にあるといえます。自分自身を見つめ直し、新たな自分を発見するチャンスにもなるのです。自分のことを他人に伝えるには、自分自身のことを客観的に見つめ直すことが必要です。病気としっかり向き合い、病状の変化、環境や負荷・ストレスによる日々の変動、仕事や活動による影響等を記録・分析することで、今まで気づかなかった自分や病状の再発見につながり、新たな人生のスタートになると信じています。 トリセツポリシー(暫定版) 「トリセツ」とは、周囲との関係を深めるためのコミュニケーションツールです 1.自分とっても、相手にとっても、ためになるように話をする ・ただ権利を主張するのではなく、公平に、根拠をもって的確に伝える。また、自分の得意なことや能力を伝えることで、視野を広げていく。 2.私から発信することにこだわる ・「私」発信にこだわり、柔軟に更新します=(トリセツは自分のためのものであり、会社が管理するものではないという考えに基づき、管理・監視のツールにならないように使用する)。 ・伝える・伝えないは本人の自由。ただ、伝える場合は正確な情報を書く。 ・個人情報で、これまで共有されにくかったり、聞きにくかったことでも、本人が伝えたいことを伝えたいように伝えることでブレークスルーにつながる。  ※トリセツ全体を作りつつ、誰に対してどこを伝えるかは、本人が選ぶ 3.言葉で伝えにくいことを相手にわかりやすい形で表現する ・自分自身の言葉では伝えることが難しいことを、他の人の言葉を借りたり、言葉以外の手段をとったりして、主観的症状、感情など自分が伝えたいことを伝えられるようにする。 ###トリセツトライアル 1.対象者 両育わーるどの定例会議に参加しているメンバー13人 2.方法 【障害・難病のある方用】【障害・難病のない方用】2種類のフォーマットを用意。自身のトリセツを作成し、定例会議の冒頭で、その日の担当を決め、各自話したい内容を1分間にまとめてスピーチを行いました。 また、効果検証のため、参加者全員の発表が終わった後にアンケートを実施しました。 3.結果 アンケートは、当事者と非当事者それぞれに対応する質問項目を作成し、13名(当事者8名、非当事者5名)から回答を得ました。 「トリセツを作成したとき」「自分以外の人に公開したとき」「作成されたトリセツを読んで感じたこと」の3つの観点からアンケートを行った結果は、次の通りです。 ・トリセツ作成について Q1.トリセツを作成することで、日頃言葉にしづらいモヤモヤが少し解消しましたか? A1. 当事者8名中7名、非当事者5名全員が「そう思う」と回答。 Q2.トリセツを作ることで、どのような変化や気付きがありましたか?(複数回答) A2. 当事者は「自身を客観視できた」「自分の疾患や障害について言語化できるようになった」と答えた方が最も多く、非当事者も「自身を客観視できた」という回答が最も多く得られました(図1及び当事者の声1)。 (図1 当事者)あなたはトリセツを作ることで、どんな変化や気付きがありましたか? 〔という質問に対して、「自身を客観視できた」と「自分の疾患や障害について言語化できるようになった」との答えが過半数を超えた〕 当事者の声1 変化や気付きについて、具体的に教えてください。 ・余り言語化する機会がなかったので、改めて考えるきっかけになった。 ・自分の意識していなかった辛い部分が分かった。 ・性格からくる影響がストレス要因になっていると思われる部分があった。 ・「トリセツ」とは、取り扱わせたいのか、取り扱ってもらいたいのか、意図によって表現や必要な情報やその項目が変わってくると感じた。 ・他人にうまく説明できる資料で互いの距離感が縮まった。 ・自分を分析する対象として見ることで俯瞰できる。 ・言語化することは、自分を整理し、自分を構築しなおすこと。 ・自分の症状やできること、お願いしたいことについて、人に伝えようと思って書くことで、頭の整理ができたと思います。 ・病状について直視したくないのだが、それをするいい機会になった。加えて、正直どんな状況がつらいのかを言葉にする機会になった。ストレスを避ける起点になると感じた。 ・特に悪化要因、自助努力的なことについて改めて向き合うことができた。 ・トリセツ公開について Q3. あなたはトリセツを公開することについて、不安はありますか? A3. 不安を感じない→8名中5名   何らかの不安を感じる→3名   (当事者の声2) Q4.トリセツを公開した後の周囲の反応はどうでしたか?(複数回答) A4. 適切に気づかいや対応をしてくれる(しようとしてくれる)様になった→4件   理解しようとしてくれていると感じた→6件(図2) 当事者の声2 そう思う理由を教えてください。 「不安は感じない」 ・前職就職時にもトリセツと同様のものを準備した経験があるため。 ・もともと病気を公表しているから。 ・割と妥当なことが書かれていると思う。 ・他人に知って貰うことで毎日の仕事の負荷が軽減されるため。 ・一緒に活動するメンバーは、ある程度人柄が分かっているため、不安はない(全く知らない人や理解を得られないと感じる職場だと、トリセツ+口頭での説明の機会が欲しいかも)。 「不安」「一部の内容は不安」「その場面・相手・場所による」 ・公開する場によってトリセツの内容を変えたいから。今回作成したトリセツは、公開先をかなり選ぶ内容になっている。就労での配慮部分のみなら不安は無い。 ・モヤモヤを晴らす手段として、個人が想定する項目が少なく、不安を感じる項目が多いため。 ・そこが安心・安全な場所かどうかによる。 (図2 当事者)あなたのトリセツを公開した後の、周囲の反応はどうでしたか? 〔という質問に対して、「理解しようとしてくれていると感じた」が過半数、「適切に気づかいや対応をしてくれる(しようとしてくれる)様になった」が半数〕 ・トリセツを見聞きして感じたこと Q5. 仕事仲間のトリセツを読むことで、具体的な調整が浮かびましたか? A5. とてもよくわかった(浮かんだ)→1名   わかった(漠然とではあるが浮かんだ)→4名 そう感じた理由を教えてください。 ・口頭だけだとどうしてもその瞬間しか覚えておけないので、可視化されたツールがあると何度も読み返せるため、便利だと思いました。 ・病気の症状について具体的にきくことがなかなかないから。 ・自分でメンバーのシートを積極的に見ることはなかったが、MTG時にシェアするためそこで情報を得られて良かった。継続していくことで効果がでると思った。 ・トリセツには、稼働時間やできることが明記されているから。また、よく知っていると思う方でも、不調の時にはこういうことを負担に感じているんだな(言葉に出して言ってはいなかったと思うけど、そうなんだな)と理解が深まったから。あと、まだ接点があまりない方については、どういう感じの方かが病名などからではなく、少し想像ができたから。 ・普段の会話からわからない情報を知れたから。 ・トリセツに関連した質問 トリセツは、お互いの理解を深めるためのツールであることから、これに関連した項目を設けました。 Q6. 病名や困りごとを言いやすい・相談しやすい人は誰ですか?  A6. 当事者・非当事者どちらも、「上司」が最も多く、次いで「同僚」や「総務/人事」という結果となりました。 4.考察・今後の課題 アンケート結果より、トリセツ作成においては、自身の状態を言語化し、客観視できたとする回答を多く得ました。また、公開時については、当事者全員が「適切に気づかいや対応をしてくれる(しようとしてくれる)ようになった」「理解しようとしてくれていると感じた」のいずれかを選択しており、非当事者も、トリセツを読むことで、具体的な調整が浮かんだかとの問いに対し、「浮かんだ」「漠然とではあるが浮かんだ」のいずれかを選択しました。このことから、トリセツが相互理解のツールとして、機能していることが確認できました。 一方、トリセツの公開について不安を感じるかとの問いに対しては、「不安」「場面による」など、公開することへの不安があることも分かりました。このような不安を軽減するためには、トリセツポリシーに示す通り、「伝えるのも伝えないのも自由である」、つまり、トリセツは自分で伝えたいことを選択するものであるということを浸透させていくことが大切だと感じました。そのためには、「公開する項目を場面によって選択するフォーマット」に改良するなど、更にバージョンアップさせていく予定です。 さらに、項目と併せてトリセツの公開方法についても検討していく必要があります。トリセツは、公開した当初の状態がそのまま当事者の状況を反映するものではなく、日々、体調や生活の変化が起こることが想定されます。したがって、一度きりの説明では、相互理解のツールとして不十分です。しかしながら、当事者が職場の中でトリセツを公開することには、心理的負担が伴います。復職時など、はじめて病気を公表するタイミングであればまだしも、自らのトリセツを話すためだけに職場で時間を作るのは難しいでしょう。それを可能にするためには、例えば、「定期的なミーティングの冒頭で、難病者に限らず、職場の人全員が一言近況など話したいことを話す時間を作る」など、個人的な話をするタイミングを作るのも一つかと思います。こうした機会を作るためには、当事者以外の人もトリセツの必要性を感じるような説明を行うことが大切だと感じています。こうしたことから、トリセツを企業に導入する前には、研修会を行ったり、定期的にフォローする体制を作るなど、公開方法の検討も行う予定です。 病気のことや困りごとを相談しやすい人は誰かとの問いについて、多くの方が上司・同僚と回答しました。このことから、日頃接触が多い人に相談しやすいことが考えられ、産業医や保健師など専門知識を持つ人に相談することが必要な場合でも、普段かかわりがないとなかなか相談しにくいケースが多いことが推察されました。こうしたケースにおいても、トリセツを活用することで、 周囲の理解が深まり、上司からの声掛け等による産業医との連携など、適切なサポートに繋げることができるのではないかと思います。 (画像)トリセツフォーマットのサンプル、トリセツポリシー、記入例、このトリセツを受け取られた方へ ###可視化・トリセツPJTから見えてきたもの 今回私たちは、団体のなかで難病や障害がある人もない人も、それぞれが自分の体調や生活に向き合い、データを取って可視化し、そこから自分のトリセツを作成してみました。 まず、一番驚いたことは、参加者の共通点として、自分にフォーカスすること、自分を客観的に見るという経験の少なさでした。難病や障害があれば、ない人よりも常に自分の体調を気遣い、自分の身体に向き合っているのではないか、と私たち自身も思っていましたが、意外とそうではなかったのです。 その原因を考えてみると、日々の生活のやりくりに手いっぱいで、目の前の症状の変化や治療や服薬にばかりに気をとられ、自分を客観視する余裕がないのかもしれません。また、「頑張ることが良いこと」「休むことは悪」「他人に迷惑をかけてはいけない」「自分を優先することはわがまま」「周囲に自分を合わせる」「できて当たり前」「それが普通」といった社会規範に、私たちは無意識のうちに縛られすぎて、結果として「自分」を見失いがちともいえそうです。障害や難病があれば、さらに「〇〇をしてはいけない」「〇〇を食べてはいけない」「〇〇は無理」といった医療者や家族や自分からの“圧(アツ)”もあります。 そんな状態で社会参加をしていると、ついつい頑張りすぎてしまう、健康だったときのモードで仕事をしてしまう、自分の状態を無視して頑張りで突破してしまう、逆に引きこもってしまう、気が付くと消耗している、自分の状態を周りに説明する必要があるのに説明できない、誰にも相談できずに一人で抱えこんでしまう、自分を責めてしまう(以上みなさんの声から)、などといった状態に陥ってしまいがちです。自分を見失ってしまうのです。 今回、私たちが取り組んだ、「自分を可視化して、トリセツを作る」は、まずは自分のデータを取って分析・客観視し、自分の状態・状況を俯瞰して、そこから言語化してトリセツに整理し、他者への説明資料として渡し伝える、という一連のプロセスでした。 そのプロセスは、「自分を取り戻すプロセス」と呼べそうです。実際に、アンケートの回答からは、「自分を定義できた」という声がありました。自分を可視化し定義しなおすことで、自分を立ち上げなおす⇒自分が立ち上がったことで、合理的配慮を周囲に伝えられる自分が生まれる⇒どの場面では何をどこまで伝えるかを自分で決める⇒職場や周囲との関係性のなかで、自分の立ち位置・自分の人生の主導権を自分で握ることができる、主体性を取り戻す、ということではないでしょうか。 一方、この「トリセツ」は、あくまで「私のためのもの」であって、周囲との関係を深めるためのコミュニケーションツールです。会社側が求める”問診票”でもなければ、上司が管理するためのツールでもない、という点が、大切なポイントになるだろうと考えました。この点は、繰り返し伝えていく必要があると思います。 さらには、障害や難病のない人を含めた職場・周囲へのプラスの影響もあるような気がしました。職場・周囲の人たちは、最初はこの人にどういう「配慮」が必要か、という入口から入っても、やり取りを進めるうちに、私たちも自分のトリセツを作ってみたい!となりそうです。生きている限り、誰もが何かしらの悩みや弱さ、制約を抱えています。例えば「弱音を吐いてはいけない」という社会規範に自分もこだわっていたと気づくかもしれません。 自分を縛っていた価値観を溶かしていくような輪が広がり、それぞれの弱さを開示しやすく、自分や職場を俯瞰する文化が広がれば、自然と居心地の良い空間、心理的安全性の高い職場ができてくるのではないかと思いました。 あくまで「私から」始めて、個を立ち上げるイメージですが、メンバーそれぞれの個が立ち上がり尊重しあえるチームは、結果として、チームとしても居心地が良く凹凸を補いあえて仕事がまわる強力なチームになりえるのではないかと考えています。 みなさんも、自分を可視化して、「私のトリセツ」を作り、職場の同僚に渡してみませんか? 「両育わーるどわたしのトリセツ」フォーマットがダウンロードできます。是非、項目に沿って、「わたしのトリセツ」を作成してみてください。 https://ryoiku.org/torisetsu/ ※他団体が作られている「トリセツ」も一件ご紹介します。さまざまな角度から「トリセツ」文化が広まることを願っています。 ・IBDネットワーク:IBD当事者向け就職活動・就業継続のための冊子「わたしのトリセツ」  https://ibdnetwork.org/employment-booklet/