【197ページ】 ##Episode-7 先天性ミオパチーという難病を抱える医療的ケア児の息子が教えてくれたこと(しのはら りか) 2024年7月の都議会議員補欠選挙(品川区選挙区)において初めて当選し、サラリーマンから一転、政治の世界での第一歩を踏み出した、しのはらりかです。これまでの私は、政治の世界に縁もゆかりもない生活を送ってきました。そんな私が政治の世界に踏み出したのは、2021年に指定難病の先天性ミオパチーを抱えた息子が生まれたことがきっかけです。人工呼吸器や痰の吸引といった医療的ケアが24時間必要な息子の誕生、そして成長の過程で様々な壁にぶつかるなかで、医療や福祉、行政のあり方などについて考えるようになり、医療的ケア児に限らず困っている人々が暮らしやすい社会を実現したいと強く思うようになりました。 ###難病患者の母として、家族として はじめて直面した壁 都議会議員になるまで広告代理店で働いており、息子が生まれるまでは夜遅くまで働き、人生になんの制限もなく、大きな悩みもなく、平和に暮らしていました。まさか自分の子供が難病を抱えて生まれてくるということはつゆも想像せず、妊娠が分かってからも、早々に育休から復帰して仕事も子育てもバリバリ続けていくのだと、根拠もなく信じきっていました。 〔写真:出産後の執筆者〕 順調な妊娠経過に安心しながら早めの産休に入り、ゆったりとした時間を過ごしたのもつかの間、胎動に異変を感じ深夜に病院へ駆け込むと即入院に。日々状況は悪化し、緊急帝王切開で予定より2か月早い出産となりました。息子はすぐに集中治療室に運ばれ、その後ようやく対面を果たしたときには小さな体にたくさんの管が繋がれていました。担当医からは、先天的に筋肉が弱い病気だろうと告げられ、幾多もの試練がありましたが、5か月後にようやく退院できる見込みとなりました。しかしその際に病院の相談支援員の方から伝えられたのは、「医療的ケア児を預かってくれる保育園はほとんどないらしい〔※1後述〕」「医療的ケア児の母で仕事を続けている人はほとんど見たことがない〔※2後述〕」という情報でした。   行きたい学校に行き、やりたい仕事に挑戦し、思いのままに生きてきた、言ってみれば順風満帆な人生を送ってきた私にとって、突きつけられたこの事実は受け止めるにはあまりに衝撃が大きく、「育児と両立させながらバリバリ仕事をする」という産前に思い描いていた人生プランは音を立てて崩れ落ち、真っ暗闇に突き落とされた気持ちになったことを覚えています。 ※1 医療的ケア児を受け入れる保育園はまだまだ非常に数が少なく常に空きがない状況ですが、育休3年目に突入する2023年5月から、奇跡的に息子を預かってくれる保育園が見つかり、運よく復職することができました。しかし「運よく」保育園に預けられる、という現状のままではだめだ、という想いを強くする経験となりました。 ※2 医療的ケア児の保護者における就労状況の調査(荒木他、産業医科大学雑誌2019.41(2):171-178)によると無職の母は6割弱、非正規雇用が3割、正規雇用はわずか1割。現状の労働有無にかかわらず働きたいと考えている母親は9割弱。 〔写真:お子さんを抱く執筆者〕 ###政治家を目指す決断に至るまで そんな人生のどん底に突き落とされた時期もありましたが、日々彼のペースで成長していく息子を見ているうちに、過去の自分が持っていた価値観に固執せず、幸せの定義や人生観をアップデートして生きていこう、と前向きに捉えられるようになりました。息子と日々を過ごすなかでたくさんの壁にぶつかり、また社会福祉士の資格取得にいたるまでに、学習や実習を行うなかで、これまで当たり前だと思ってきた「暮らし」を当たり前に送ることができない人々が多く存在する現状を目の当たりにしました。それと同時に、深刻な問題に直面している人々の声が政治に届いていないことを痛感しました。社会が多様化していくなかで、政治の世界も多様化しなければ、真に必要とされる政策、あるべき日本の未来を描けないはず。だからこそ、困難を抱える当事者も政治の担い手となるべきだと強く思い、政治家を目指そうと決断しました。 「人生でどんな壁にぶつかっても、仕事やキャリア、夢を諦めなくてよい社会を創りたい」 この思いを訴え、多くの都民の皆様より信託を得て、都議会議員としてのスタートラインに立つことができました。 〔写真:壇上に立つ執筆者〕   ###都議として 都議会議員唯一の医療的ケア児を育てる親として、医療的ケア児者、障害児者の課題解決を大事なテーマとして取り組んでおります。特別支援学校における医療的ケア引継ぎのために親が長期間付き添いする必要があり、就労継続が困難になってしまうこと、放課後の居場所である放課後デイの不足、卒業後の日中の居場所の不足、肢体不自由者の就労の難しさなど課題は山積していますが一つ一つそのボトルネックを洗い出し、都議会においても問題提起し、解決に向けて皆様とともに歩んでいるところです。また皆さまから頂いた声を含め、課題について品川区長とも意見交換をしてまいりましたが、品川区来年度予算案では児童通所施設利用料の所得制限なしでの無償化や、18歳の壁対策として生活介護延長受け入れ運営費の助成などが反映されています。 議員として活動するようになってから、難病者の社会参加を考える研究会の重光さんからお問い合わせをいただき、難病があって生きづらさ、暮らしにくさを感じているにもかかわらず、障害者手帳や指定難病などには該当しないがために支援が得られない、雇用の文脈における「障害者」の定義にあてはまらず制度の狭間にあって非常に困難な状況におかれている方々が多くいらっしゃるということを知りました。様々な制約のある難病者が働ける環境を整えていくことは、働く時間や場所など様々な観点で柔軟性のある社会をつくっていくことにつながります。これは、障害や難病を抱えている人々のためだけではなく、子育てや親の介護などを行っている多くの人々にとって暮らしやすい社会であるはずです。この課題についても、都議会での一般質問でもとりあげましたし、今後も引き続き重要な課題として問題提起をしてまいります。 難病者の母として、都議会議員として、全ての人々にとってやさしい未来を東京から実現するためにこれからも取り組んでまいります。 ###Profile しのはら・りか 東京都議会議員(品川区/無所属)福岡県福岡市生まれ。 東京大学法学部卒。社会福祉士。鉄道会社、広告代理店、品川区長森澤恭子事務所の都政担当秘書を経て2024年7月都議会議員補欠選挙で初当選。先天性ミオパチーという難病を抱え、医療的ケアが必要な息子を育てるなかで自分自身が多くの壁にぶつかり、それをきっかけに気づくことができた社会課題を解決していくべく「人生でどんな壁にぶつかっても、仕事やキャリア、夢を諦めなくてもよい社会を創る」をビジョンに、民間企業から一念発起政治の世界へ。一人の母親として、障害のある子どもを支える障がい者家族当事者として、生活者目線を大切にした政策実現に取り組んでいる。 〔執筆者写真〕