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「健康な子供も大人も、障害のある子供も大人も、地域に自然に暮らす」という街づくり

「健康な子供も大人も、障害のある子供も大人も、
地域に自然に暮らす」という街づくりに関心がある

新宿区にある「富久ソラのこども園ちいさなうちゅう」の園長山口学人さんは、都立の特別支援学校の校長を退任された後、現在、民間の乳幼児の保育教育の現場に携わっています。特別支援学校、そしてこども園。障害児教育と乳幼児の保育教育の世界に携わって見えてきた今の思いを伺ってきました。

 

障害者が地域の中にいることが自然である

yamaguchi (1)「トリエステ」「べてるの家」。「障害者が地域に自然にいる」という状態が、障害者にとって暮らしやすい環境なのではないかと考える山口さんにとって、テキストとなる2つの事例です。

「トリエステ」はイタリア北東部の都市。精神科病院を閉鎖し、精神障害者が施設ではなく地域で暮らせるように、様々な取り組みをした街です。病気が悪化すれば、地域の精神保健センターで拘束のない治療を受けるなど、彼らにとっての暮らしやすさを前提に街づくりが進んでいます。 「べてるの家」は北海道浦河町にある精神障害等を抱えた当事者の方々の活動拠点。働く場、生活、ケアという3つの性格をもった共同体です。自立のために日高昆布で起業している団体でもあります。

 

2つの事例に共通することは、精神障害者の自立と地域との結びつき。反対運動や批判にさらされることはありますが、同じ地域の中でどのように障害者が暮らし、結びついていくかということが意図され、大きな成果を生んでいると考えられます。

 

「障害児教育の現場にいたから、障害のひとつひとつに対して個別の支援の重要性も認識しているし、行動が改善していくことも大事。でも、障害の種類に関係なく、障害者が健常者、健常者が障害者と一緒に地域で生き抜けるような街づくりが大切な自分のテーマ。大人になれば地域で生きていくし、親亡き後の問題もある。障害者の生産性の開発や地域の活性化ということも考える。障害者が地域で自然に生きていくことを土台とすることで、社会や地域のいろいろな問題の解決の糸口が見つかるかもしれないし、見つけなければならないコンセンサスとなりますように。」

 

障害者が地域で暮らす。それはなかなか難しいことかもしれません。一例を挙げれば、知的障害者の通所施設の建設に対する近隣住民の反対運動。」「地価が下がる、何をされるか分からない」といった理由から、望まない声が多く上がっていることは一部の事実です。

 

「障害児を連れて街を歩くと、周囲からの距離を感じる。健常な子供たちと街をあるくと、周囲の人たちはニコニコと近づいてくる。障害者の異質性その違いはよく分かるし、人々の態度を批判すべきことじゃない。ただ両方の〈友好〉を図る仕掛けを、さまざまに絶え間なく行う必要を常々考えています。」

 

yamaguchi (5)「障害者を知るという意味では、乳幼児から学校教育を通して障害者と出会う機会があれば、体の記憶として残るんじゃないかと。それ以降の人生で障害者と接する機会があったとき、そう言えば昔…というように思い出してくれれば、今よりは互いの交流が図りやすくなるんじゃないかなと考えています。」

 

 

この原稿を書く私自身も両足が不自由な障害当事者。履いている義足や装具の存在を知ってもらうことも兼ね、小さい頃は半ズボンを一年中履いていました。気がつけば、実家周辺の地域ではちょっとした有名人でしたし、今も実家に帰れば地元のひとから声をかけられます。そう言えば、同級生も障害者に対する特別な偏見はあまり感じられません。障害者が地域で生きるためには、小さい頃から地域に溶け込むことが大事なのかもしれません。

 

 

子供たちは教育機関だけでは育っていない。

都立の特別支援学校で校長をしていた山口さん。在任中から子供たちは学校だけで育っているわけではないなという実感を抱きながら、社会福祉法人東京児童協会に就職したことで、その考えは一段と大きくなりました。

 

yamaguchi (4)「学童保育のような放課後支援などを考えてみると、子供たちが過ごす時間は学校の教室だけではありません。障害児支援は他の支援等も入れればそれ以上。ただ、どうしても僕たち教員側からすると、教育のほうが上という視点があったかもしれない。教育のプロという自覚はあったけれど、福祉業界の方との上下なんてあるはずがないのに。」

 

「以前行ったワークショップで、バスの中で問題行動を起こす障害者をどのように対応し、社会に適応させるのかという問題提起があった。見事な論文を書き上げたのが福祉業界の方。僕たちには書けないなあ、そして、福祉の方はひとつひとつの状況に合わせたケース検討ができるんだなあと実感した。毎日の生活は福祉の方の支援なくしては生きていけない。障害のある子供の支援に関わっている全員が業界関係なくフラットに協力していかないとダメだと反省しました。」

 

障害児支援という観点でいえば、特別支援学校、療育施設、放課後支援など様々な切り口で登場人物が挙げられます。ただ、その視点を地域に広げていけば、子育ての先輩もいれば、仲の良い同級生の親御さんもいます。困ったときの駆け込み寺代わりとなるような商店もあるかもしれません。地域での協力という体制が整っていけば、障害者にとって暮らしやすい街の輪郭が見えてくるのではないでしょうか。

 

「障害者にとって暮らしやすい街は子供も大人も高齢者も暮らしやすいはず。どうやって地域を作っていくか。地域学という学問があれば、今一番それを勉強したいですね。」

 

一定のキャリアから導き出した、障害者が地域に自然にいるという状態こそが障害者にとっての暮らしやすさというひとつの意見。街づくりや地域活性化という言葉は最近よく耳にしますが、障害者という観点からの街づくりを実行に移した事例はあまり聞きません。

 

バリアフリーやユニバーサルデザインといったハード面での整備とともに、コミュニケーションを基軸とした街づくり。これはトップダウンでつくるものではなく、一人ひとりの意識と行動から形作られていくものでしょう。山口さんは「自閉症の子に挨拶できますか?」という問いを取材のときに投げかけてくれました。偏見なく「はい」と全員が答えられる日が来たときには、障害者にとって暮らしやすいだけでなく、多くのひとにとって暮らしやすい街がつくられているのかもしれません。

 

16/2/2
text by 佐々木一成(Plus-handicap)