伝えたことの1%でも心に届いていたらいい
福祉らしくないところに惹かれて参加
伝えたことの1%でも心に届いていたらいい
福祉現場で働いたことのなかった吉岡知美さんは、ふとしたきっかけで「ふみ月の会」の非常勤講師として勤務することに。子ども達に運動を教えて1年半になります。一般企業から福祉の業種へ転職された吉岡さんに、これまで感じたことを伺いました。
はじめたきっかけを教えてください。
新しい仕事をしたいな、と思って求人雑誌を見ていたときに、福祉現場で運動のできるスタッフを募集している記事を見つけました。「運動の指導ができる方」という言葉が目に飛び込んできて、よくよく読むと応募要項の半分以上のスペースを、現場で起ったことのエピソードに割いていました。ほかの福祉団体は写真が多かったので、なんだろう? と気になったんです。そこには、施設職員が忙しくされている中、子どもの1人がふと「お月様がきれいだよ」と言ったという話があり、とても印象に残りました。その記事を読んで、ここで働きたいと思いました。単純に「福祉の人材を募集」というような表現だったら、応募してなかったと思います。
「福祉」らしくないところに惹かれたんですね。
そうかもしれません。募集ページには、いわゆる「福祉」的なイメージはなく、ここで働けばこのエピソードのような体験を共有できるのかなと思ったんです。そのページに載っていた「知的障害」という言葉もどれぐらいの障害の程度を指すのか計りかねました。知的障害や療育についてはまったくの素人で、それまで関わったことはありませんでしたから。そのときは「運動と音楽」のできる人を探している記事だったので、私でも応募する資格があるかな、と思い応募しました。
普通の職種から福祉現場へ転職することは、大変ではありませんでしたか?
仕事の内容よりも、「素の自分で働いてください」という施設側からの要望に、応えられるかが心配でした。今まで、そのような仕事の仕方は経験がなかった為最初は戸惑いもあり、職場で「素の自分」を出すことに大変さを感じました。
現場ではどういった運動を教えてるのですか。
グループレッスンで筋トレやストレッチを行います。ヨガには動物の名前がついたポーズもあるので、親しみやすいかなと思って取り入れています。障害の度合いによっては、ある程度お話が理解できる子ども達には「もうすぐ運動会だから」とマラソンやかけっこの練習をすることもあります。重度の子にはキャッチボールをやったり、その子に合った運動を提案しています。
グループレッスンは何人グループで行っているんですか?
その時々ですが、10〜13人ぐらいでしょうか。年齢は小学生から高校生までまちまちです。小学生の中には「椅子に座って待つ」ことが難しい子もいます。苦手な分野が似ている子を集めて、運動を提案しています。同じことをやっていてもやれることの段階が違います。意識して運動をしているのか、指導員に着目できているのか、集中できるのか。その辺りを見極めながら、10~15分程度の運動を提案しています。
印象に残ったことはありましたか?
楽しく運動をしようとすると、どうしてもゲーム性やルールを取り入れることになります。それを理解できる子ども達だととても盛り上がりますが、重度の障害を持つ子どもに、運動の効果や楽しさを見いだしてもらうことはなかなか難しいんですよね。そこは悩んでいるところです。「なぜやらなくてはいけないのか?」と運動することを億劫に感じている方でも、キャッチボールをしているときに一歩足が前に出て、ボールを取れるようになると、その一歩は凄く大きいなぁと感じることがありますね。
その一歩の重みになかなか気づけないですね。
そうなんですよね。あまり動かずキャッチボールをする子もいて、運動という観点から見ると、もっと大きく動いて、たくさん運動してほしい。運動の難度が上がると達成感も得られて「運動するって楽しいな」と思ってもらえたらいいんですけど、ボールを拾うことに対して「面倒だな」と本能的に思っているじゃないでしょうか(笑)。私としては、一歩前に出るところが見たいですし、それが積み重なって「あ、楽しいな」と思ってもらえると嬉しいです。
吉岡さんが、運動を担当するようになって1年以上経ちました。子どもたちの成長を実感することはありますか?
健常者から見れば、本当にちょっとの成長です。子ども達の生活の中で占める運動の割合は、学校の授業で行う体育ぐらいだと思います。たとえば短距離のタイムが前よりも短くなったとか、目に見えてわかることがありますが、障害児ではなかなか実感にまで至りません。マンツーマンで繰り返し教えていると「あ、こういう風にやるんだな」と理解はしてくれますが、たとえば「ウエイトを減らしたい」という目標を持って望んでも、かなり長いスパンで考えないと達成できません。10分ではできることが限られますし、家でどのような食生活をしているのかわからないと、指導は難しいです。ウエイトを減らす意味合いを本人が自覚しているのかどうか、という部分もあります。
私としては、前回と比較すると少し効果があったなと思えたり、以前やったことを覚えているから動きがスムーズだな、とか共感できることは多々あります。それを本人たちが、なにか効果があったぞ、と自覚できているのかはなかなか難しいですね。そこはもどかしいと思うところです。
なにができて、どこまで理解できているのかを推し量るのが難しいですね。
それは考えますね。子どもたちとの関係性にも左右されます。私とキャッチボールをするときには「これぐらいの力でいいだろう」という感じのボールを投げてきます。でも、同じ子が信頼関係が密にできている指導員を相手にすると、とてもはりきって全力で投げたりするので「そんなにできるんだ!」と嬉しい反面、ガーン!とショックに感じることもあります(笑)。
そんなわかりやすい反応なんですか?(笑)
はい、残念ながら(笑)。目に見えてはりきっちゃいますし。でも、それを褒められて本人も「運動すると褒められる」と理解できればもっと運動してくれますし、それでいいかなと。運動の楽しさを理解してもらうことは、非常に高い目標だと自分でもわかっているので、いつか楽しんでもらえたらいいなと思うぐらいです。
ほんのちょっとの成長でも、それが嬉しい
大変なことや難しいと感じる場面はありますか?
難しいと感じることは沢山ありますし、なぜそういう行動をするのかが、全くわからないことがよくあります。たとえば、新しい場所に行ってトイレが怖くて入れないという子どもがいました。理由を聞くと「天井が怖い」と言います。そういう理由を私ははじめて聞きました。ストレッチ中に仰向けになって「リラックスして目を閉じましょう」と言っても目を閉じれない子もいます。子ども達の大変さを想像することが、一番大変かもしれません。
福祉現場で働くのは初めてと伺いました。子どもたちの指導で叱ったりもされているのでしょうか。
命に関わる場合は叱りますね。ある女の子が私を見ながら、いたずらをしようと思って車の窓から手を出そうとしたことがありました。驚かしてやろう、というぐらいの軽い気持ちでやったんだと思います。でも、危ないのでガッツリ叱りました。その子は泣いてしまいましたが、どこまでやったら危ないのか、という線引きができない子もいるので、それは注意しますね。
関わっている子たちの成長を実感することはありますか?
私は運動を中心に短い時間教えているだけなので、学校やご家庭で接している時間と比べれば、子ども達に大した影響は与えていないと思うんです。彼らがなにか変わるとしたら、環境が変わるとき。たとえば学年が上がって新しい先生になったり、弟や妹が生まれたときなど、とりまく状況が変わると彼らが後退するように感じる事があります。本当はもっとできるのに、能力があるのに赤ちゃんのように振舞うことがあります。これは健常者のお子さんでもあることだと思いますが、こういう体験をすると、成長の度合いと共にどんどん良くなっていくということではないんだなと実感します。そういうときは、とても切なく感じますね……。
それは複雑な気持ちになりますね。では、いままでで嬉しかったことを教えてください。
先日、子ども達と一緒に調布市の親子祭りに参加しました。2回目でしたが、どちらも同じ男の子の同行を担当し、最初は自分の未熟さもあってヘトヘトになってしまいました。1年後にまた同じ彼を担当したときに、とても『お兄さん』らしくなっていて驚きました。時間がかかっても残さずご飯を食べたり、列に並んで待つことも難しかったのに、ちゃんと並べるようになっていたり。毎日忙しいので、昨日と比べてどうだったか、という比較にどうしてもなってしまうのですが、1年半働いてみて長いスパンで見ると、彼の大きな成長に改めて気づき嬉しくなりました。
列に並んで待てるようになる、というのは凄い成長ですね。
そうなんです。なかなか見通しがたたず、不安になるでしょうけれど私と過ごした日々がほんの1%でも何かの支えになってくれていれば嬉しいと思います。
2014/7/02
Text:四街道ふみ
独立行政法人福祉医療機構 社会福祉振興助成事業